ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
f0207325_09514096.jpg
昨日、今年の味噌を仕込んだ。
その朝、母に電話をすると、「驚かないでよ」と低い緊張感を帯びた声で従姉の死を知らされた。そのただごとではない気配に、もしかすると自殺なのだろうかと感じたが、突然死とのことだった。数年前からとてもストレスフルな環境でがんばっていた従姉は、私よりひと周りほど年上である。
子供の頃、従姉の家族はバスで1時間ほどの町に住んでいた。夏休みなど、折々に兄弟4人で我が家に泊まりに来ていたが、ある年、ちょっとしたことで従姉とケンカした。そのとき私は、子供特有の残酷で心ない言葉で従姉を傷つけた。それ以来、もう50年以上たった今でも、従姉を思うとき、申し訳なさが心に影を落とす。いつか本当に謝りたいと思い続けてきたが、従姉はもう会えない場所に旅立ってしまった。お金を巡る人間関係やストレスに殺されたようなものだった。昨年、関西に引っ越してきて以来、京都に住む従姉の家に遊びに行きたいなあと思っていたのに。
芦屋で小さな洋服屋さんを営む彼女の妹には、先月、両親と会いに行った。くぎ煮を作ったら持っていくからね、と約束していたのだが、先週、突然電話がかかってきて驚いた。
母の話では、姉の死を知らせようと思ったけれど、言えなかったとのこと。昨日の夜、電話をし、今日の夕食を店の近くの焼き肉屋で食べようと決めた。子供の頃からみんな、焼き肉が大好きだった。亡くなった従姉に献盃をしつつ、たくさんカルビやホルモンやレバーを食べようと思う。

お姉さん、ごめんね。
f0207325_09560179.jpg

[PR]
# by 4433yoshimi | 2016-02-24 09:58 | Comments(0)

2016年を迎えて

f0207325_08242107.jpg
2015年という年を振り返ると、どうたとえるべきか、途方に暮れてしまう。地獄でもなく天国でもなく、波乱万丈というには流されるまであり、まさに異常な、数奇な、とでもいうような年だった。

次々と起きる事象に懸命にもがき、立ち向かい、なんとか乗り越えられてここまで来た。感慨深くもあり、未だに茫然自失なままのような気もするのである。

それでもこうして無事に新しい年を迎えられたのだから、不思議というしかない。1年前は東京の家で屍のように生きていた。現在、明石に暮らしていることなど想像もつかなかった。

思えば、食べること、病気をしないこと、迷惑をかけないことを祈るように過ごしてきた1年だった。心を寄せてくださった多くの方に、ただただ感謝するばかりである。もしも1年前の私のように意気消沈している方がいたら、時が経てばすべてはしかるべき場所に落ち着くから心配しないで、と抱きしめてあげたい。本当にすべてのことが、バラバラになったパズルのピースをはめ込んでいくがごとくに、ある一つの形にまとまっていくものなのだと思う。時が心の傷を癒やしてくれますよと言われても、その時には信じようもなかったが、そこそこには正解だと思えるようになっている。けれど、まだパズルは完成していない。早くこのパズルを完成して次のステージに行きたいのだけれど、それはもう少し先のことになるだろう。

新しい年の始まりが、明るい気持ちで迎えられることがありがたい。この先も多くの過ちを犯しながら生きるのだろうが、なるべく迷惑をかけずひっそりと好きなことや好きな人とともにありたいものだ。少しはしかるべき人々にご恩をお返しできればうれしいのだけれど、はてさて。

f0207325_08383932.jpg


[PR]
# by 4433yoshimi | 2016-01-01 08:40 | Comments(1)
明石に引っ越しをして1カ月が過ぎた。北海道で生まれ、高校を卒業して以来、還暦をすぎるまで東京で過ごしたが、未練はまったくなかった。とはいえ、終の棲家だと思って20数年前に買った家に別れを告げるのは心が痛んだ。家は生き物かもしれない。さようなら、ごめんね、と未練を振り切るように離れたのだった。
f0207325_21424696.jpg
ピーター君がいなくなって10カ月、様々なことを処理し、様々なことを我慢し、様々なことをやりくりした末の明石への引っ越しだった。私が見込んだとおり、いや、それ以上に明石はいい町だった。食べ物はおいしいし、人はほどほどに親切だし、空気もおいしく、物価も安い。幸い空手の道場も近くだし、叔母や従姉もすぐ近くに住んでいる。ここに、明石に来ることが私の運命だったとしか思えないほど快適な暮らしぶりである。あとは、仕事が決まれば言うことがない。

人にはいろいろな事情があり、伝えられることも伝えられないこともある。お世話になった方たちには可能な限りお伝えしたいと思っているが、なかなか複雑な事情があったりしてかなわないこともある。それでも元気で、前向きに日々を過ごしていることだけは確かだ。手探りの毎日、手探りの人生、それが正しいか間違っているかはあまり大事ではない。心のおもむく方向に誠実に歩むしかない、それだけ。
f0207325_21450742.jpg
東京にいたときは、心はいつも山と川にばかり向き合ってきた私が、今は毎日、マンションのベランダから海と空と島をながめてすごしている。時には六甲山にも登るけれど、海を行き交うフェリーや貨物船や漁船を眺めるのは素敵なことだなあと思うのである。そして、何にも代えがたいほどありがたいのが海の幸のおいしさ。毎日、魚の棚に出かけて、はてさて今日はどんな魚が獲れているのかなあ、とそぞろ歩く。何件かの魚屋を見比べ、百円玉何個かで買えるくらいの身の丈にあった魚を調達し、どんなふうに料理しようかとうきうきしながら家に帰る。
自分ひとりの生活の自由を満喫しているわけだけれど、これはつかの間のお休みかもしれない。だったら、その自由をめいっぱい楽しまなくては。先のことなど心配することはない。なるようになるし、その時々で考えていけばいいだけのことだと、心穏やかに自分に諭す今日この頃。冬の海もまた楽しみなことである。

[PR]
# by 4433yoshimi | 2015-11-23 21:45 | Comments(3)

またひとつ、季節が巡る

f0207325_16012536.jpg
釣り仲間に誘われて、南信州の渓に2泊、遊んだ。渓に入るのは、今期、2度目。初回は魚野川で、辻村さんの散骨釣行だった。そのときはテンバキーパーに徹したので釣りをしなかった。なので、今回が今年はじめてにして最後の釣りとなった。ピーター君のテンカラ竿で、ピーター君が巻いた毛バリを飛ばした。釣れたよ、そこそこ釣れて、型もそれなりで、とても楽しかった。もしかすると思い出が悲しくて楽しくないかもしれないと思ったけれど、渓の生活は、いつもどおり楽しかった。ちょうどスーパームーンとやらの夜だったらしく、月がとても明るく、ヘッドランプがなくても河原を歩くことができるほどだった。美しい月に、何かを祈ることもなく見入っていた。
樹林帯ではオオツガタケやハナイグチ、ヌメリスギタケ、ナラタケもいただき、かわいい熊にも出会った。木々の向こうから何か黒い陰がやってくるなあ、忍者みたい、と思ったら熊だった。思わず「クマー!」と声を上げてしまった。それに驚いたのか、クマも立ち止まってこちらを見ている。まだ子供のようだ。「動かないで!」とほかの二人に声をかけ、少しの間にらめっこ。すぐに熊は山肌めがけて消え去った。
ああ、びっくりした。でも、何が起きるかわからない渓はおもしろい。極上の遊び場だ。私は箸を忘れたので、ナイフで木を削って箸も作ったよ。たき火の仕方から食器の洗い方まで、渓の創意工夫への情熱は尽きることがない。本当に楽しく遊ばせていただいた。仲間に感謝。
f0207325_16023545.jpg
渓から帰宅して、山ほどの洗濯物や片づけものを始末し、また日々の暮らしに戻る。いくら待っても帰ってこないピーター君のことは胸にしまっておこうと決めたから、淡々と日々はすぎていく。ひとりで人生を歩んでいくことはどういうことなのか、まだよくわからないが、感情を少し置き去りにして、やるべきことをやり、できるだけおいしいものを食べようと心がけ、酒の飲み過ぎにも気をつけ、よく眠る。心のどこかで、いつか神様が彼との出会いをセットしてくれるだろうと信じて。


もう秋なんだ。季節が巡るたびに感慨深くもの思う。
f0207325_16033646.jpg


[PR]
# by 4433yoshimi | 2015-10-01 16:04 | Comments(4)

謎は残り、人は去る

f0207325_11113482.jpg

どうしていなくなってしまったんだろう。
いまどこで、どうしているのだろう。

ピーター君への思いは、この答えのない謎の周辺をぐるぐる巡っている。ようやく気持ちが落ち着いて、悲しみも制御できるようになってきたけれど、どうしてもこの謎から意識が離れることができない。

きっとこれが私の運命なのだろう。私の今生は、この謎を抱えて生きていくように運命づけられていたのだと思う。前世でどんな罪を犯したのかは知らないけれど。
命はこの世にある、このときだけのもので、前世も来世もないと思っていても、ついついそんなしょうもないことを考えてしまったりするわけだ。迷路から抜け出そうともがけばもがくほど迷路にはまり込んでしまいそうなので、受け入れるしかないのでしょ、きっと。

明石への引っ越しの準備は着々と進んでいる。断舎利はほぼ完了し、あとは残ったものと一緒に移動するばかり。
いま、我が家の前では3軒の家の建築中である。私がこの家に越してきたのはちょうど23年前の9月。毎朝、ハイヤーがお迎えに来ていたどこかの企業のお偉いさんらしきご主人と、奥さん、娘さんの3人が暮らしていた。それから娘さんが結婚していなくなり、家を建て替えてご主人が定年となった直後、ご主人は脳梗塞で半身不随に、程なくして奥さんも認知症を発症し、どこかの施設にでも移られたのか、誰もいなくなった。数年は月に一度程度娘さんが家に風を通しにいらしていたが、昨年、売却されたようだ。しばらく更地が続いていたが、今年になって土地が3分割され、3軒の家が建てられている最中なのである。

去る者、来る者の入れ替わりの激しいこの1年の我が家とお向かいさん。引っ越した明石では新たな人生のスタートだ。さみしさはぬぐえないが、楽しみでもある。
前向きに、まっとうに、食べるものを食べて、生きていれば、きっと、いいことがあると、信じよう。
f0207325_11131421.jpg

[PR]
# by 4433yoshimi | 2015-09-02 11:13 | Comments(2)