ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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<   2009年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

阿佐ヶ谷パール街の練り物屋で好物の伊達巻きを買う、という吐渓に付き合って家を出た。その日、午前中はジムで汗を流していたのでちょい疲れ。でも、店まで歩いて30分くらいだからと徒歩。
五日市街道から青梅街道を荻窪方面への向かって右の歩道を行く。
「あれえ、ちゃんと編んでるんだ」
吐渓が声を上げたので振り向くと、篭屋の店先。ガラス戸の向こうの上がりかまちの畳の上で、おじいさんが竹のザルを編んでいる。戸の前の商品陳列棚には、ザルはもちろん、籠や熊手、箒、裏ごし器など、竹製品が雑多に、けれどひとつひとつ丁寧に、ホコリが被らないようビニール袋に包まれて並んでいる。
そうだ、年越しそば用のザルを買おう。百均でも売っているのだろうが、お正月である。ガラス戸を開けて「くださいな」と声を掛けると、おじいさんが待ってましたとばかりに立ち上がり、草履を引っかけて店の外に出てきた。いかにも職人さん風情。背は曲がり、膝も伸ばしきれない様子、そして鼻毛がボーボー!
「いや、近頃はこういうのを使ってくれる人がいなくてねえ。この竹は九州の……」
長話の始まりだった。けれど急いでいたわけでもないので、うなずきながら話を伺う。竹のザルは、竹自身が水を吸ってくれるので水きれがプラスチックのものとは全然違うのだとか。使用後、水を切るためにザルを逆さにした際、縁を打っては絶対にいけない、底を手でトントンと叩くということも教わった。縁を打って傷めると、編んでいた竹がバラバラになってしまうのだとか。
こうしたお客さんとのやりとりを、おじいさんはどれほど待っていたことだろう。毎日毎日ガラス戸の向こうで腰を折ってザルを編みながら。バブルの頃は注文に応じきれないほどの需要があったそうだが、今は買ってくれる人のあてのない竹製品を、毎日コツコツと作っている。
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野菜を蒸すのにほどよい大きさの深めの竹籠もいただいた。ビニール袋のヨゴレからすると、もう作ってから3年は経っているに違いない。しかし、その編みの緻密さ、仕事へのこだわりに惹かれた。
出掛ける前は、通りがかりの出店でお正月用に松飾りを買おうと思っていたのだが、ザルと籠に化けた。それで良いのだ。一期一会だもの。

お目当ての甘鯛を使った伊達巻きも購入し(1本3,000円を2本? どっひゃー!)、家路につく。往復、1時間の道のりを、のんびり2時間ほど掛けて歩いただろうか。その後、高円寺のパンク美容室にカットに行ったら、定休日。家から往復1時間。都合、3時間ほど阿佐ヶ谷と高円寺を行ったり来たりで、足がじんわり疲労。

そして今日、大晦日はなーんにもしなくていい一日だ。となると朝の6時に起きてしまうから不思議。今夜とお正月に食べるゼンマイとほうれん草とナスのナムル、牛肉の佃煮、海鮮チゲなどを作り、ちょちょいとつまみながら朝からビール&ワイン。大根なますは昨日作ったし、ピビンバ作るしかないおかず達。年越しそばは汁代わりだな。
てことは、ザルの出番は来年か……。
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みんなどうしているんだろう。懐かしい人の顔を思い浮かべながら一人酒の午後。吐渓秘蔵の伊達巻きを少しくすねた。
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by 4433yoshimi | 2009-12-31 13:50 | Comments(0)
昨日は空手の稽古納め。恒例の千本蹴りを行った。昨年はヘロヘロになったので、気を引き締めてスタート。上段の回し蹴りでは絶対に無理なので、中段ほどの高さを維持することを目標に。
黒帯の先輩はひとり30本、茶帯以下は20分の声がけをする。私の番になったら、なぜか男性の野太い声の気合いの嵐で、私の必死仮面の号令がほとんどかき消されてしまった。情けなし。
いつ果てることもなく蹴り続け、あとどれくらいかなと思ったら終わっていた。「えっ、もう?」と拍子抜け。
結局、1300本蹴ったそうだが、余裕しゃくしゃく。こんなことなら、もっと蹴りの高さを求めるべきだったと反省。来年はあと10㎝(こまかっ)上げることにしよう。
蹴りながら、吐渓の「突きは下半身で突き、蹴りは上半身で蹴る」という言葉を思い出しながら、脇腹や腕を意識する。どこを動かせばどこに結果が現れるのか、身体の仕組みは本当に面白い。「いくら言い聞かせても、何千本、何万本蹴らなければわからないことがある」と吐渓。ごもっともでござると納得。
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  ※忘年会のお持たせ。イモ餅2種。ベーコンとタマネギ入りのイタリア風と、青のりチーズ。
そのあとは忘年会。1時くらいからエンドレスの宴会で、けっこう酔っぱらった。何か失礼なことを言ってしまっていないか、毎回のように不安になるのだが、今回も。
いったい何千回、何万回酔っぱらえばりっぱな酔っぱらいになれるんだろう。いや、こればっかりは不可能かも。幸い二日酔いにならない術は身につけたけど、しばしの酔いの楽しさと引き替えに、どれほどのものを失ってきたのか……。考えると自己嫌悪の洞穴に閉じこめられそうなので無視。人生は思ったよりも短いのだから。たとえ百まで生きたって、「えっ、もう?」と思うに違いない。

今朝はジムでトレーニングする予定だったが、吐渓が風邪をひいたようなので、ひとり10㎞ランニングへ。千本蹴りの後遺症はないと思っていたが、8.5㎞あたりから足が重くなってきて、家に着く頃には超スローペース。ランニングに関しては、今後は速さを求めていこうと思っていた折、情けなや。

「そんなに頑張って、どこに行こうとしているんですか、よしみさん」
と問われても、明確に答えることができない。
ただ、山や渓で、筋力がなければ、スタミナがなければ、気力がなければ、きっと私、死ぬ、と追い込まれた数々の経験に突き動かされているように思えてならない。生き延びたい、という思いの強さが原動力なのかも。

なんて一応カッコつけてみたけれど、結局、楽しいからさ。いやはや、人間てホントに不思議な生き物。

今夜は二人のお客様を迎えてのスペシャル・ディナー。メインは鶏の半身のロースト。ガルルルル、食欲無尽蔵まであと残り60分です。
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  ※チキングリルとサラダ、おまけにおでん。豪華おでん種/神戸牛スジ串・明石タコ串・大根・コンニャク・がんも・卵・その他練り物
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by 4433yoshimi | 2009-12-28 22:55 | Comments(0)

極上牛肉、三段活用

昨日は仕事がなかったので空手の稽古に行こうと思ったが、このところやたら眠気に誘われることが多いので、眠る日に決めた。いやあ、寝た寝た。沼田の家にいると、寝ようと思わなくても自然に眠れてしまうのだが、昨日は眠れないなあと思いつつも一生懸命寝た。

今朝はジムで、吐渓に空手の稽古にお付き合いいただいた。ひとつ目から鱗の体験。疲れた身体では、ひらめくことがない。やっぱり休むことって大事なんだなあと再確認。
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先週、明石に住む叔母から、恒例の神戸牛スキヤキ用&スジが到来。いやあ、惚れ惚れする霜降りの牛だ。基本的に牛肉は避けているが、たまにはガッツリといただく。到着した日は食卓でホットプレートでさっと焼いてポン酢で。いやあ、バカウマ! と自然に顔がほころぶ。
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翌日はスキ煮。牛丼フリークの私としては濃いめの味付けにしてご飯の乗せたかったが、飯に何かを乗せることをかたくなに拒否する(カレーでさえも)吐渓のために薄味で煮、最後はそいつで汁だくのぶっかけ飯。いやはや、紅ショウガなんぞあったものだから、満足至極。
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それでも残った汁を取っておいて、数日後、タマネギを煮て揚げ玉を加え、卵とじに。
この揚げ玉というのが、浅草のそば屋「十和田」で無料でいただける揚げ玉。こいつがゴマ油の香りがして、いやあ、最高のタヌキ種だったからたまらない。吐渓と二人、この世の珠玉の美味に幸せ全開の昼ご飯だった。
その揚げ玉、前日の浅草の道場の稽古の前に、いつもは立ち食いそばのところを時間があったので、贅沢にも知人に聞き及んでいた「十和田」に寄ったところ、ふと座席の横を見ると「ご自由にお持ちください」の貼り紙が。夕方だというのに、20袋くらい積まれている。一瞬、5袋くらい持ち帰りたいと、「喉から手」くらいに思ったが、冷凍してはまずくなる、と強く自分を戒めて2袋にとどめた。いやあ、これがこんなにおいしいとは……。揚げ油に秘訣があるのだろうか。しかし、一番安いそばでも950円。確かにまあまあおいしいそばだし、揚げ玉が無料、だが月に一度のお楽しみ程度にしておこう。ああ、悩ましい。
以前、浅草で育った道場の壮年の方に、子供の頃は揚げ玉を買ってくると大根下ろしに乗せて醤油を掛け、そいつをご飯にぶっかけてかっ込んだものだとお聞きしていたが、いまひとつピンとこなかった。しかし、こんなにおいしい揚げ玉だったらさもありなん、と深く深く納得。
名物にうまいものなしとは言われるが、地元の方が食べているものがやっぱり一番うまいのだ。

そして今日は、牛スジでカレーを仕込んだ。スジを煮込んだトロトロがカレーを数倍おいしくしてくれる。牛スジマジック!

おばちゃん、ありがとう。
私が小学生低学年の頃、まだ若き叔母は、生まれ育った関西から北海道の我が家(彼女の姉が私の母)に来て数年間、居候していた。北海道の冬の朝は寒い。朝飯の支度をするために朝一番に起きる叔母がだるまストーブに火をつけ、少し部屋が暖まった頃に私が起きていく。叔母は私を相手に、よくタンゴを踊ったものだ。もうステップはすっかり忘れてしまったけれど、叔母と私だけの秘密のお楽しみの時間だった。窓の外は白銀の世界。

一人暮らしの叔母は70歳くらいだろうか。五十路を過ぎて社交ダンスを始め、今では人に教えるほどのダンサーだ。日々、練習に打ち込んでいるそうな。
おばちゃん、本当にダンスが好きだったんだね。
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by 4433yoshimi | 2009-12-23 16:19 | Comments(0)

私、本日はサボリました

クリスマスが近づいている。
プレゼントは、両親と弟家族、そして関西に住む叔母と従姉妹。昨年はそれぞれをイメージして、キャラにあった箸を送った。今年は何にしようか、と想いあぐねていた折、スポーツショップを訪れると、カラフルな靴下群に魅入られた。父母、弟夫婦、甥と姪、それぞれの顔を思い浮かべて靴下を選ぶ。関西勢にはハンカチ&アップルカッター。
このアップルカッター、ブツの上に当てて下にズズイと引き下ろすと、あらあら不思議、1.5㎝くらいの円柱状の芯と、果肉がきれいに8等分に切り分けられている。さすが、リンゴの産地、長野の生協発売品だ。ネットで購入して初めて使ってみて、その仕事ぶりに感動した。その感動を、叔母さんと従姉妹たちにも味わってもらいたいと。
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今日の空手の稽古はお休みすることにした。やりすぎては元も子もなくなるのは身に染みている。適当にサボルことがとっても大事。昨日は先週に引き続き、前蹴り後ろ回し蹴りのセットをしこたまやらされた、いや、やらせていただいた。前蹴りはともかく、後ろ回し蹴りは疲労が激しい。でも、先週よりは明らかにましにできるようになったことがうれしかった。
しかし、私とペアを組んだ世界大会上位入賞選手の女性は、まだ十代だとはいえ、あまりにも鮮やかな身体の動き&技の完成度に感服。
美術品であれ、骨董品であれ、いいものを身近に見ることは大切だが、身体能力に関しても同様だとしみじみ実感した。だからといって自分ができる訳じゃないのだが、イマジネーションは確実に膨らむ。軽い錯覚って、悪いことじゃない。

久し振りに以前の仕事仲間に電話をした。群馬県の農家を営みながらの兼業編集者で、毎年今頃、下仁田ネギを送ってくださる。お礼の電話をすると、暇につきバイトに辞めてもらったとのこと。今後は、奥様にパソコン入力程度は手伝ってもらいながら自分ひとりで仕事をするそうだ。それでも、いつかはそうなるだろうと覚悟していたこともあり、しょげているふうでもなく淡々と語っていた。
結局、みんな家業システムになっていくんだろうか。うちの場合ももう数年前からそうなっているが、けっこうこれはこれで悪くない。仕事が尻つぼみにならないように努力は必要だが、気楽であることは確かだ。つきつめれば自給自足なのかなあ。まあ、せめて食料は日本国内でまかなえるようなシステムであってほしい。
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本日のご飯は、下仁田ネギとジャガイモと近所の公園で採ってきたキクラゲの煮物&ブロッコリー、北海道の母が送ってくれた鯖の辛みそ漬け焼き、吐渓の整体の患者さんが贈ってくれた、お湯を掛けるだけでOKのお吸い物、プチトマト、玄米ご飯。

できるだけを目指すけれど、オール国内産はむずかしい。やはり鯖はノルウェー産が脂がのっていてうまいしね。
空手と同様、人生において道草やサボりは必需品だと思う。
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by 4433yoshimi | 2009-12-18 21:05 | Comments(0)
到来物の多いこの季節、感謝の日々。先週、吐渓の整体の患者さんから豚のロース半頭分が届いた。絶句。トンカツにしたら50人分は取れそうな肉塊である。途方に暮れて2階にいた吐渓にヘルプ。
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「どうするコレ」
「1回分ずつ切って冷凍だな」
という訳で切断係とラップ包装係に分かれて共同作業。成り行きで私が切断係に。これが難行苦行。赤身よりも脂肪がネットリとして硬く、なかなか切れやしない。2人分カットが約8cm、4人分カットが約13cmくらいのつもりが次第に厚みが増していくような。とりえず食べる分は1.5cmほどの厚さにカットし、塩コショーしてフライパンで焼いた。
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すごいボリューム。付け合せのリンゴのワイン煮を合いの手でかじりながら、大きな肉を頬張っていると、昔のテレビアニメ『原始家族フリントストーン』的気分。味は、昨年、吐渓がアメリカの故郷から持ち帰った物のほうがおいしいと思ったが、臭みもなく上々。ありがたいことである。

数日後、塩をまぶして熟成させた豚の塊をローストしていると、
「実はさ……」
と吐渓がちょっと声の調子を落として切り出した。なんだか嫌な予感がしたのだが、的中。

以前、山仲間の紹介で我が家に整体にいらしたクライマーが、南米のパタゴニアの山中、氷の中に埋まっているのを発見されたそうだ。たまたま見つけた方が日本人で、掘り出すすべもなく、帰国してから方々に尋ねたところ、彼だと判明したのだという。遺族は荼毘に付して骨を日本に持ち帰りたいのだそうだが、現地では、このまま氷の中に留めておけばいつでも会いに来られるのだから、と現状で保存しておくことを勧めているという。

まだ若い青年だった。パタゴニアが好きで、よく訪れていたらしい。そんなに好きな場所だったのなら、そのままにしておくことが故人の願いなのではないだろうか。永遠に年を取らず、この地球が滅びる日まで同じ姿のまま氷の中……。まるで夢幻のようだ。

ほどよく焼けた肉は、実においしかった。やはり、肉は塊で調理したほうが絶対においしい。確か、氷の中の君にも、我が家でご飯をお出ししたはずだ。何を食べたのはもうすっかり忘れてしまった。死んでしまえばすべてが詮無いことだ。
生きていることに感謝し、冥福を祈った。
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※女性格闘家を迎えて3人の食卓。豚肉のグリル、リンゴワイン煮、鮎の酢じめ、ホタテとアボガドとセロリと明太子の和え物、クレソンとトマトの塩レモン、キムチ、ジャガイモと下仁田葱と近くの公園で採れたキクラゲの味噌汁、玄米ご飯。
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by 4433yoshimi | 2009-12-15 23:01 | Comments(0)
かつて、これほどまでにネジをじっくり観察したことはなかった。トイレの壁の白いタイルに埋め込まれた2個のプラスのネジ。両方とも完全に壁に埋まっておらず、頭が5ミリほど浮いている。右のはごくありきたりのシルバーだが、左のは少し黒く、頭に刻まれたプラスの溝が赤くなっている。
そのネジの下には、作品に関するメモ用紙が貼られていた・
「~光太郎を偲んで~云々」
不思議だが、芸術ってこんなものだと思い込んでいた。

よく訪れる新潟県の十日町市には、芸術家達の作品が道端や公園にあちこち展示されていて、それが「案山子」だの「洗濯物」だったりするものだから、ああ、芸術って、言い張ればなんでも作品になっちゃうんだなあと。

その日、高円寺の飲み食べ屋「眉山亭」のママさんと、彼女の何十年来の友人で、お店の常連客でもあるAさん、私の3人で、阿佐ヶ谷「ラピュタ」に映画を観に行った。ザ・ピーナツの歌で大流行した『ウナ・セラ・ディ東京』(1965年)の映画化で、主演が絶世の美女、鰐淵晴子である。ストーリーは期待できないが、彼女が最も美しかったであろう時代の姿形を愛でるだけでもいいじゃない、と思ったのさ。
期待通り、いくら見続けても見飽きない美女っぷりであった。美しいということは、もしかすると見飽きないということなのかもしれない。それすらもやがて見飽きるのだろうが、飽きるまでの時間の長さが美しさに比例しているような気がする。
ストーリーも想像を上回るおもしろさ。当時の服装や街並みもとても興味深く、最後まで楽しく観ることができた。
さらに、現在私が通っている空手の道場の大幹部であるMさんが悪役で登場。数ヶ月前の世界大会で、ケータリングサービス担当の私がお茶をお出しした方だ。今や白髪の穏やかそうな紳士が、若い頃はこんな美男で、しかもニヒルな青年だったとは。まるで捨てられてひねくれた犬のような哀しい目をしていた。

その映画の帰り、私達はママさんのお誘いで、阿佐ヶ谷パール街の洋品店「すみれ」の奥にある画廊喫茶へ向かった。お客様であるアーティスト・MOMOさんの個展の初日なのだ。伺うと、折良くMOMOさんがいらして、壁に飾られている絵や木彫を拝見しながらしばし歓談。そうしてMOMOさんは、「ここのトイレにも作品があるので見ていってください」とお店を去っていった。
「私、見に行ってくる!」
とAさん。もどってくると、
「ないわ。どこにもなかった」
じゃ私が。というわけでじっくり冒頭に期したように作品(ネジ)を堪能し、意気揚々と引き上げた。
「あったわよ。ネジよ、ネジ!」
「うそー、作風がまったく違うわよ。なんか作品を掛けるようなフックがあったけど、作品がないの。もしかすると盗まれたんじゃ……」
Aさんにそう言われると、確かにネジなんて突飛すぎるという気もしてくる。
「でも、その下に、メモがあって、光太郎を偲んで、とか書いてありましたよ。光太郎さんて知人が亡くなったんじゃ…」
「違うわよ。高村光太郎よ。彼も彫刻家だったから」
赤っ恥の私。高村光太郎はてっきり作家だと思っていたけれど、彫刻家でもあったのですね。
「よし、私が見てくる!」
ママさん突撃&帰還。
「ないわよねえ。確かにフックがあるんだけど、作品はなかった」
意を決したママさんが、お店の方に伺うと、旧式の水洗タンクの水を流す時に引っ張る鎖の、先端に付いていた木のカバーだとのこと。確かにそれは、きれいなラインを描き、すべやかさといい大きさといい、とても洗練されたものだった。

あんなに眺めたネジは、真っ赤な偽物だった。

ちなみに、“ウナ・セラ・ディ”とは、イタリア語で“たそがれの”という意味だそうだ。映画の冒頭とラストシーンは、昭和の東京の、もの悲しいたそがれの街の風景だった。
その日の私の心もたそがれました。

ネジだと思ったんです。マジで。

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※写真は、お出かけ仕事だった前日、吐渓に作った松花堂弁当(肉団子・ブロッコリー・ホタテ照り焼き・紅ショウガ・ポテトサラダの残りのお焼き・玄米)
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by 4433yoshimi | 2009-12-11 14:20 | Comments(0)
先週末、キノコ仲間のSさん宅で持ち寄り晩ご飯。うちが持参したのがジンギスカン(ラム)&モヤシ、手作りベーコン。Sさんちの奥さんが肉まんを作ると知って押しかけた私と吐渓。肉まんもおいしかったが、柿入りの白和え風サラダがものすごくおいしかった。味付けは京都からお取り寄せした白味噌とマヨネーズとのこと。
白味噌をいただいたので、家で早速作ってみた。ゴマと豆腐をすり鉢ですり、白味噌を加えてさらにすり(マヨネーズはカット)、その和え衣で柿とヒジキと茹でた春菊&インゲンを和える。柿がいい仕事をしてくれておいしいのなんの。
それにサーモンとタマネギのポン酢和えにおでん、というヘルシーメニュー。おいしさ満喫。
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そして月曜日、風邪気味。火曜日には、ありゃこれは本当に風邪だ、と確信し、空手の稽古で汗を流せば治るかも、と神田に稽古に出掛けた。そして水曜日、風邪は悪化。熱もあるので終日睡眠。
木曜日、まだちょっと微熱っぽいけれど、稽古で汗を流せば治るかも、と浅草へ稽古に。そして今日、全快。

治っても治らなくても空手やってる私、変だ。なんだかこの頃、空手を中心に人生が回っている感じ。これ以上のめり込まないように注意しよう。やりすぎると、それが足かせとなって息苦しくなり、すべてを投げ出したくなってしまうのがパターンだから。ほどほどにしておいたほうが、長く続けられる。プレッシャーに弱いくせに、強迫観念が強いのだ。そんな性格に、やっと折り合いをつけるコツがわかってきたような気がする。気がするだけかもしれないけれど。

先日、実家に電話したら両親の大喧嘩の最中だった。母はこのままではストレスで殺されると泣きわめいているし、父は買い物に行くと母はいつも売り場の男と親しげに話す、と怒っている。もうあんたら70代と80代なんだから、そろそろお互いに折り合いをつけて平和に暮らせよ、とこれまで言い続けてきたが、無理みたい。一生やっていなさい。喧嘩でしか愛情の確認ができない老夫婦なのだ。そんな相性も確かにあると思う。

昨日から吐渓が福岡に出張。こんな時、食事の支度はなるべく簡単にすませたいので、とりあえずキャベツとニンジンとベーコンと干しシイタケのスープを大量に作っておこうと作業していると、ローレルも入れようか、あ、そうだアミの塩辛と醤油漬けのニンニクもね、ダシを取った残りの昆布も切って入れて、顆粒の鶏ガラスープもいんじゃね、と圧力鍋に投入。できあがってみれば「なんじゃこれ!」だった。軽くショック。最後の手段と味噌で味を整え、結局、具だくさんの味噌汁に。過ぎたるは及ばざるがごとし。やっぱりシンプルが一番だと反省。
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風邪が治ってやたら空腹な今朝、食べる気満々。レトルトの地鶏カレー&玄米ご飯&おでんの残り卵、味噌汁、タマネギとキュウリ入りポテトサラダのボリューム定食。プチプチした食感の玄米が、カレーに実に合うことを発見。

先月は頑張って働いたが、今月はやたらと暇。師走ながら、こんんなに不況感漂っていちゃ仕方ないかも。
先日、高円寺駅から10秒の中華料理屋で夕方、店頭で売っていた中華弁当の値段が300円! おかずは3種類ぐらい入っているし、ご飯だって普通に盛ってある。いやはや、すごい時代になったものだ。
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by 4433yoshimi | 2009-12-04 14:55 | Comments(0)