ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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握りダコができました

晩ご飯を食べてのんびり焼酎のお湯割りを飲んでいて、ふと気付いた。てのひらにタコができている。もしかして、これが空手の握りダコ? 1階のリビングから2階にすっ飛んで行って吐渓に見せたら、正解。小学校の時にできたペンダコは仕事柄、これまで無くなったことはないが、はてさてこの握りダコはいつまで残っているのだろう。とりあえず試合に向けてマジメに稽古したおかげだとうれしくなった。しかし、女として握りダコを喜んでいるなんて終わってるよな。まだ自分が10代の頃、こんな50代を生きてるなんて想像もしなかった。過ぎゆく時の速さに茫々。
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今日は吐渓と中野のゴールドジムへ。体幹を鍛えるピラティスのレッスンがお目当て。ピラティスとひと口で言っても、教える方によって効果も達成感もまるで違う。土曜日のピラティスの先生はロマンスグレーの紳士。教え方やひとりひとりへの目配りなど、非常に神経が行き届いていてプロフェッショナル。とても気持ちのいいレッスンをしてくださるので、できるだけ通っている。今日も1時間、普段は意識しない筋肉の存在を楽しんだ。

ご飯を玄米にしてもう1ヵ月ほど経つだろうか。吐渓が月に1回診ていただいている主治医の先生に、先週、とてもほめられたそうな。すべての数値が激的によくなったのだ。ほかに思い当たることはないので、玄米のおかげだと確信。毎日食べるものが大切だとは知っていたが、これほどまでとは…。玄米にして本当によかったなあ。白米と比べると炊きあがるまで6倍も時間がかかるとはいえ、精米する手間がないので家事のエネルギーとしては大幅減。
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今夜のご飯は手作りの鶏ハムがメインのつもりだったが、20%offに惹かれて買ったカキのバター炒めが無茶苦茶おいしかった。味付けは最後に回し掛けた醤油だけ。1年に数回しか使わないバター(喫茶店のモーニングでゲットしてきたカップバター)だけれど、カキには合うわあ。いやはや、海と牧場の出会いに感動。
神戸に住む従姉妹が「関東は焼き海苔やろうけど、関西は味付け海苔やねん。明石で採れた海苔やからおいしいよ」と送ってくれた味付け海苔、けっこう砂糖甘いが、香りはいい。北海道にいた子供の頃、よく味付け海苔を食べていた。母が関西出身だったせいだろうか。
卵掛けご飯に味付け海苔。やっぱりこれが王道だよなあ。でも、玄米じゃダメ。痛し痒し。玄米には味付け海苔は合わなかった。たまには銀シャリでも炊いてみるかな。
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by 4433yoshimi | 2010-01-31 00:02

みんな独りだけれど

私と同時に同じ空手道場に入門し、それから数年後、ほぼ時を同じくして現在の道場に移籍したOさんが、昨年末から稽古に出てこなくなった。メールをしても、稽古する気になれないとの返信が続いている。こんな時、どうすればいいのだろう。いや、どうすることもできないからやるせない。
吐渓は、まだ入門したてだった高校生の頃、よく休んでいる仲間を家まで迎えにいったと言うが、大人の場合はそこまでできない。仕事や家族、それぞれに事情を抱えてのことだろうから。
ほぼ同時期から稽古に来なくなったIさんは、1年ほど前に私の誘いで入門。彼女の場合は原因がわかっている。まだ、それを乗り越えられないでいるようだ。
苦しい稽古を一緒に頑張ってここまで続けてきた仲間が、姿を消すのは寂しい限り。復帰してくれることを望みながら、自分の稽古を続けるしかない今日この頃。
もしもこれが団体競技だったなら、もっと互いの絆は強かったのかもしれない。単独競技はどこまでいっても孤独なものだ。それだけに、サポートしてくれる人を必要としてもいるのだろう。
私も吐渓がいなければ空手を始めてはいなかったし、ここまで続けてもいなかったと思う。これもひとつの縁なのだ。
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久々にお手製のラーメンが食べたくなった。以前はスープはもちろん、焼き豚やメンマまで作り、麺は北海道から取り寄せて客を招き、ラーメン宴会をしたものだった。今回は2人分のことだから、そう手を掛けてもいられない。
塩で熟成させた豚の塊を蒸したあとのスープに、数日前のヤリイカの茹で汁を加え、塩とニンニク醤油で調味。ヤリイカの汁が甘みを醸し出してくれて上品なあっさりスープになった。これはイケルではないの。味見をしてニンマリ。
素ラーメンに蒸し豚、野菜とナルトの煮物、それに玄米ご飯で昼食。黙っていると、今夜のおかず分の煮物まで食べ尽くしてしまいそうな勢いの吐渓。「これで終わり」とストップをかけた。ヘルシーメニューは、うっかりすると食べ過ぎてしまうから要注意だ。

空手の道場に行くと、休みの続いているOさんやIさんを心配して、皆が私に声を掛けてくる。それに対してなんとも情けない返事しかできない自分。けれど、その心の温かさがジンワリ染みる。この温かさを2人に届けることはできないものだろうか。
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※吐渓がプレゼントしてくれた瓶入り焼酎
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※数日前の2人ジンギスカン。最後の焼きうどんがおいしゅうございました
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by 4433yoshimi | 2010-01-27 17:09
昨日、吐渓とジムでトレーニングし、同じビルの地下にあるのスーパーマーケットに行った。何かめぼしいおかずは…と歩いて見つけたのがイカ。ビカビカヌラヌラ光っていておまけに大きくて、2本で300円。これは買うしかないではないか!
スルメイカのいいのを見かけると、母を思う。イカ好き、特にイカのお好み焼きが好物にして絶品。なのにいいイカが手に入らないと作ってくれなかったので、魚売り場で涙をのんだこともしばしば。お好み焼きに入れるイカなど、多少活きが悪かろうと焼いてしまうのだから問題ないだろうに、あのこだわりは何だったのだろう。今でもよくわからない。
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その夜、早速イカ刺しに。イカ刺しのポイントは、解体したあと水をしっかり拭き取ることだと思う。そこから皿に盛るまで水分厳禁。ヌラリとした味の濃いイカ刺しの一丁上がり。
キラキラのイワシも買って塩焼きに。こいつも洗って水分を拭くことが肝心。それから塩をふり、しばらく置いてから焼く。
旬の食材は、なんだか体の細胞を生き生きとさせてくれる。冷凍品は美味しいとは言っても、やはり生にはかなわない。
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そして今日は残ったイカの足とエンペラでお好み焼きに。広島のおたふくソースをたっぷりかけて粉少なめのヘルシーお好み焼き。お好み焼きはいまだに母の味には及ばない。まあ、ほとんどがいまだにかなわないものばかりなのだけれど。

昨夜と今日の午前中、テレビで戦争映画を見た。吐渓が大好きなジャンルだが、私はあまり好きではないのでたいていしぶしぶつきあって観るのだが、思わず引き込まれてしまった。

昨夜の映画は、第二次世界大戦中のドイツの捕虜収容所に収容されたアメリカ兵を主人公としたミステリー仕立ての『ジャステス』。今朝の映画は、第二次世界大戦終了直前のベルリン地下要塞の中でのドイツ兵とその家族を、生き残ったヒトラーの秘書の証言を元に制作された『ヒトラー~最後の12日間』。

「人は自分の思想や信念のために命を捨てることができるのか」

どちらの映画もその命題がつきまとう。何があろうと生き延びることが人として最後まで「やらなければならないこと」であると思っている私は、映画とはいえ、理不尽な理由で人が死に追いやられてしまう(しかも自ら望んで)ことに絶句。
先日、スターリンや毛沢東、ポルポト政権下での国民への虐殺のすさまじさを記した歴史書を読んだばかりだったので、実に人類の歴史は権力闘争と虐殺の繰り返しなのだとあきれてしまった。
人間てやつは権力を持つと、その権力を保ち続けるためにほとんどの場合、ろくでなしに成り下がるらしい。

「調査した結果、人は家族といる時に最も幸せを感じるとわかりました」
テレビ番組で、ある脳の学者さんが言っておられた。本当にシンプルだけど、その素直な感覚を忘れちゃ人間として壊れてしまうんだろう。

イカにこだわって暮らせる今に感謝。まあ、酒を飲むとたまに壊れますが。
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by 4433yoshimi | 2010-01-17 22:15
JR高円寺駅から徒歩2分の食べ飲み処「眉山亭」のママに誘われ、『佐倉・美術館とグルメの旅/5000円ポッキリ』に参加した。企画されたのは、仕事で川村美術館に関わっていらっしゃるお店の常連・Nさん。

午前10時すぎに高円寺駅に集合した7名は、千葉県・佐倉に向けて出発した。それぞれ何事にも一家言を持ち、無頼の気風を好む自由人(勝手気ままなワガママ女&男達)、乗り換えで違うホームに行っちゃった人、呼べども叫べども行方不明の人、トイレに行きたいけど間に合うかしらと焦ってる人、引率するNさんのストレス値を徐々に上げつつ、電車は隅田川を越え、荒川を越えて千葉に進む。
私の心はすでに昼食に予約したというそば屋へ。ガッツリ「カツ丼そばセット」でいきたいきれど、上品なそば屋だとご飯物はないだろうから、かき揚げでボリュームアップを図るべきか……。悩みつつ目を上げれば、車窓は雲ひとつない青空の下、住宅街から田園へ、時にはこんもりとした森に変わったと思ったらショッピングモール、と次々に変わっていく。やはり、大盛りでいくしかないと心に決めた。

1時間半ほど経過して京成佐倉駅に到着。
ここから徒歩で美術館の送迎バスが出るJR佐倉駅まで名勝を巡りつつ散策する予定だ。
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まずは長嶋茂雄が通っていたという佐倉高校へ。明治時代に建てられた洋風建築校舎(国の登録有形文化財)はサーモンピンクの壁に白い窓枠、とまるで砂糖菓子のよう。女性陣から思わず「かわいー!」と声が挙がる(そんなことを意図してはいないのでしょうが)。
そしていよいよ待望のそば屋へ。Nさんお勧めの刺身や天ぷらなどが組み込まれたコースのページをすっ飛ばし、ラストページに「カツ重せいろセット」発見! 心の中でガッツポーズ。連休の中日で店内は満席てんてこ舞い状態。焼酎のお湯割りが忘れられようが、そばが出てくるのが遅かろうが、そばの水切りが今イチだろうが、すべてカツ重のおかげで許せたのだった。田舎の普通のそば屋が大規模になって観光客ご一行様もOKになったはいいが接客が元のまんま的な気安いそば屋で良かった。

そこからいよいよ本格的な観光開始。佐倉七福神巡りのお年寄りグループや家族連れの中に混じりつつ、寺や土産物屋を巡る。到着するたびにそれぞれ、てんでバラバラに好き勝手な方向に歩いていくのだが、いつのまにやらまた集合して次へ向かう。Nさんの暗黙の「行方不明になるではないぞ」の縛りが効いていたようだ。
そしてハイライトの武家屋敷へ。 旧河原家住宅・旧但馬家住宅・旧武居家住宅(3館まとめて入館料210円)は、屋敷というには規模も小さく、いかにも武士らしく質素なたたずまいだ。茅葺き屋根の下の板敷きの縁側に立って家の中を吹き渡る風に吹かれていると、気持ちいいのなんの。やっぱり昔の家は、寒いけれど体の細胞に優しい。周囲の竹林も見事で、その間の坂道を下っていると、往事の人の気分になれた気がした。タケノコがいただける春がどんなに待ち遠しかったことだろう。
その近くのお寺の布袋様が吐渓(福岡に出張中)にそっくりだと皆、ニッコリ。
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そしていよいよお目当ての川村美術館へ。Nさんが関わっておられるのは、翌日まで開催されている展覧会『月光のアンフラマンス』。アンフラマンスとは、ある状態が次に移行する微妙にして芸術的な境界域のことだそうだ。芸術的を覗けば、韓国と北朝鮮を隔てる板門店、もしくはハヤシライスとカレーライスの合い盛りの境目のようなものだろうか。眉山亭のママさんは美術館を包む暮れゆく空をしきりと「アンフラマンスだわ~」と陶酔していた。
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想定外だったが、常設展示コーナーでピカソやシャガール、レンブラントなどの巨匠の作品が見られた。やはり本物の味わいは奥深いものだなあと感服。画集でした見たことのなかった絵の数々に眼福のひとときを過ごした。

帰路は最終バスで駅に向かう予定だったが、時間が余ったので30分前のバスに変更しようとするも、Nさんが館内中を走り回って流した汗の甲斐なく1名発見できず。疲労困憊でちょっとうつろな感じのNさんとともに、当初予定のバスに乗り込んだ。

そのまま高円寺に戻って一杯やって解散しようと言う我々を、「ここの庄屋は都内と違って刺身がべらぼうにおいしいから」とまるで拉致するように向かった駅前の庄屋。満席だった。意気消沈のNさん。「近くに居酒屋がありますから」ととぼとぼと歩き出した彼の、疲労感と哀愁がにじむ背中。もはや誰も止めようとはしなかった。付いていくぜどこまでも、アニキ!

その居酒屋は、元は寿司屋だったけれど不況のため居酒屋に転向した様子がありあり。元は「まぐろ」だの「鯛」だの「鰺」だのと書かれた涼やかな木の札が下がっていた天井直下の壁のボードには「煮込み」「お新香」「鶏の唐揚げ」などの札がぶら下がっている。
「あんまり高いのは注文しなくていいじゃない」
と会費から足が出るのを心配する我々を無視して「ミル貝の刺身とイシガキダイの刺身2人前ずつ」とオーダーするNさんの頬は心なしか紅潮し、鼻息も荒かった。
「あ~あ」と思ったのは確かである。しかし、ブツが出てきてNさんは一発逆転ホームラン! 新鮮でシコシコしていて、美味しいのなんの。よかったねNさん! やはり「馬には乗ってみろ、人には添うてみろ」だなあ。

大満足で佐倉から高円寺へ。もう夜もとっぷりと暮れている。しかも休日の駅前は閑散としていて、さっさと解散して家に帰って風呂に入って寝よう、そのほうが絶対にいいと思いつつも、バッカスの神に惑わされたかのように路地裏のスナックの扉の向こうへと消えた5名に私が含まれていたことは言うまでもない。
楽しかった1日の終わり。たとえ明日、地球が滅ぶとわかっていてもここでこうしているだろう。ただの酔っぱらいの戯言ですが。

ああ、楽しかった!
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by 4433yoshimi | 2010-01-11 16:24
その昔、音楽大学の学生で生粋の文化系女子だった私は、当時の彼氏に連れられ、池袋の映画館で『地上最強のカラテPART2』を観ていた。『仁義なき戦い』ファンで武闘マニアの彼は、力こぶを作りながら熱くなっていたけれど、私はシラケるばかり。私にとって空手は、一生縁も興味もないものと確信していた。

時は流れて30数年後、極寒の山中で空手の合宿に参加した私……。本当に人生は何が起きるかわからない。30代後半で山、40代半ばで空手を始め、友人達は、一様にその激変を驚いていたが、自分でもよくわからないものに衝き動かされて、今ここに至ったのだと思う。
まあ、吐渓と出会わなければあり得なかったと思うが、それもひとつのきっかけ。欲するところに逆らわず、したいことをしてきたらこうなっていた、というわけさ。
この先、もしも叶うなら、晴耕雨読の生活を送ってみたい。まだまだずっと先のことだとしても。
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昨日は道場の鏡開き。昨年末の千本蹴りまでは至らなかったが、けっこうな回数をこなして気合が入る。その後は新年会。毎回、何を差し入れようか迷いに迷う。今回は、北海道の友人が送ってくれたジャガイモが芽を出し始めたので、そいつを使ってチヂミを作ることにした。
ジャガイモをすって粉と合わせ、塩と味噌で味付けた生地に、ニラ、ネギ、ニンジン、干しエビを混ぜてフライパンでじっくり焼く。なんて手慣れているようだが、実はネットでレシピ検索して初挑戦。見た目はそれらしくはなったが、味は今イチ。けれど空きっ腹のたしにはなるだろうと持参した。

初稽古と新年会の合間に、師範に昨年末に打診していた試合への参戦の許しを得た。ヤッホー! 目当ての試合は3月。40歳以上の女子というカテゴリーだが、果たして試合が成立するのか、ちと不安だが、本部合宿で知り合った40歳オーバーの女子も試合に出たいと言っていた。その日に向けての稽古をせねば。楽しみでもあり重荷でもあり。

今日は、まだ合宿のマラソンが残っていたけれどジムへ。ピラティスと筋トレの後、走ろうと思ったけれど、まだ筋肉が硬いので休むことにした。無理をすると肉離れを起こしそうな感じ。「休むことも稽古だ」との吐渓のセリフを呪文にサボル。
その吐渓は、先週から出張整体で不在。
毎日のご飯を考えるのが面倒なので、とりあえず鶏ベースの野菜スープを仕込んだ。スープとご飯、それに保存食で乗り切るつもり。ジムの帰りに買ったサーモンの刺身が旨い。はっきり言って、やっぱりイワナより美味。だけど、シーズンになると何よりもイワナの刺身が、寿司が食べたくなるってどういうんだろう。
夏に冷やし中華が食べたくなるがごとし、かな。
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運命はいくら変わろうが、好きな食べ物は不変かも。ゼンマイ煮、青菜のゴマ和え、ナマス、今夜の食卓にそれぞれ小皿に盛りつけたはいいが、結局、どんぶり取り出してご飯に全部のっけでコチジャン加え、混ぜ混ぜしてピビンバ。はあ、落ち着いた~。
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by 4433yoshimi | 2010-01-09 21:23

滝壺の水はぬるかった

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1月4日から6日まで、空手の合宿で秩父の三峯山へ。三峯神社境内の宿泊所の和室6畳で過ごしたルームメイトは、小学3年生と6年生、中学2年生、そして私。いったいどういう人選!? 女子部は合計3室で、あとの2室は大人の女性達。つーことは私、子供並み? いやはや、まーいーんですけど。

一番不安だったハーフマラソン22キロ、往路は神社の駐車場から秩父湖まで下りっぱなし、復路は同じルートを逆に上りっぱなし。3年前、初めて参加した時は何とか完走したものの、疲労困憊だった。さて、今年は……。

早朝に雪が降り、アスファルトの道路は溶け出した雪でグチャグチャだったり凍っていたりで気が抜けない。うっかり転倒したら崖下に転落しそうでちょっと恐怖だった。それでも下りはまだ楽。上りときては、少し歩いては走り、走ってはまた歩き、という状態で自分との闘いだった。
結果は100人以上いた参加者中40位。3年前より10分ほどタイムを縮められたのでまあ、満足。

もうひとつ、朝稽古の後の本殿での祝詞。こいつがとんだ伏兵で、1時間ほど零下の風に吹きさらされながらの正座がきついのなんの。足のしびれはもちろん、折りっぱなしの膝の痛みと、背中からの寒さがチョーつらいんですけどぉー! しかもその後でマラソンしたり急な山道を下山したりしなければならないわけで、まさしく修行の2泊3日なのであった。

しかも、風呂上がりのビールもなく、合宿中、体に入ったアルコールは2日目の夜の演歌時のビール3缶のみ。他の女性達はコップ1杯だけ飲むと、ジュースとお菓子にチェンジ。私ひとり手酌でコクコクやらせていただいたが、なんちゅーか味気ない。借りてきた猫状態の夜だった。

最終日は、神社から登山道らしき山道を下山し、途中の滝で男子は滝の水を浴びながら、女子は膝くらいまでの深さの滝壺に入って正拳突き。思ったよりも水は冷たくなかった。外気が零度以下なので、むしろぬるく感じるほど。
その昔、水上の湯桧曽川での10月の沢登り、時ならぬ大雪に遭遇した時の辛さに比べると雲泥の差だ。滝の水を浴びながら登った大滝の、凍りついた石の感触は今もまだ忘れがたい。凍傷にかかった指先は、1ヵ月ほどの間に何度も皮がむけたっけ。
と言うものの、滝壺から靴を置いた場所まで、素足で踏んだ氷混じりの雪は冷たかったけどね。

稽古の合間には、神社にてお札を購入。3年前も買った、2匹の日本オオカミの絵入りのお札だ。日本オオカミは三峯神社の神の使いだそうで、あらゆるものを祓い清め、さまざまな災いを除いてくれるのだとか。我が家の玄関の壁に貼り、時折チラ見しては何となく心強く感じたものだ。合宿に来る際、そいつをはがして持参し、神社のお札納めボックスに納め、新しいのをいただいてきたというわけ。

帰宅して早速、玄関に貼り付けた。
気持ちはすがすがしいが、太股とふくらはぎが筋肉痛。昨日は何ともなかったのに、予想通り2日後にきやがった。洗濯物どっさりのカゴを持って、これから2階に上らねばならない。いや、上りはまだいい。その後、1階に下りねばならないのだ、ああ!
修行、依然続行中。
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by 4433yoshimi | 2010-01-07 13:55
思うがままに生きること、それが一番大切だと確信した今日。所詮人間の見込みなどは浅はかな考え。流れのままに、今、この時の流れを、自分を信じて魚のように泳ぎ切っていくことが大事なのだと。
というか、私にはそれしかできなかった。

年末、「眉山亭」で顔見知りになった青年からソースをいただいた。広島のおたふくソースである。「お好み焼きはこのソースでなければ」と言い張る青年に、「食べてみなけれなわからないよ」と言うと、「じゃ、帰省した時に買ってきますよ」という会話があったのが秋。そして暮れも押し詰まった眉山亭に、青年は「どうだ!」という感じでおたふくソース2.1kgボトルを持ってきた。

北海道育ちの私だが、母は京都生まれの京都育ち。子供の頃から美味しいイカが魚屋に出回る頃、お好み焼きをおかずにご飯を食べたものだった。まあ、筋金入りのお好み焼きフリークなのである。
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広島のおたふくソースは、辛さ抑えめでちょっと甘めのとても優しい味のソースだった。これはこれで納得。
焼きそばの味の仕上げに使ってみたら、チャー麺のような味わいに。お好み焼きより、焼きそばのほうがいい仕事してくれたというのが感想。ご当地物は、味+歴史があるので、いちがいには語れないなあとしみじみ。

その後、2年前から使用していた業務用のラップ(なんと長さ500m)が遂に終了。いただいた時には、絶対に使い切れないと思っていたが、時が過ぎればやがて500mも尽きてしまうのだなあととしみじみ。日々の営みの重さを知る。てか私、そんなにラップ、使ったの!?

実はおたふくソース2.1kgにもかなりビビっている。無理だろうと思いつつも、いつか使い果たす日が来るんだろうな。
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人生は予測が付かない。思うがままに、生きるしかないし、そうしなければ後悔するだろう。
結果は後から付いてくる。
何よりも人を、愛を大切にしよう再確認したことがモロモロの日であった。
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by 4433yoshimi | 2010-01-03 18:56
「大晦日に掃除はしてはいけない」
という吐渓を押し切ってプチ掃除。隣の家では網戸やら雨戸やらをガシガシホースの水で洗い流している様子。ここ数年、年末年始は沼田で過ごしていたので、なんだか勝手が違うというか、暇。沼田でリビングの大きな窓から遠くの林や空を眺めていると、時間を経つのを忘れてしまうのに、どうして東京では何かしなくてはいられないのか。まあ、吐渓はどちらでも大して違いはないのだけれど。

おせち料理に関しては、もう10年ほども昔だろうか。懇意にしていた料理人さんのおせちをいただいてからは、まったく作らなくなった。おせちの概念が変わってしまったのと、とうていちゃんとした物を作ることはできないと悟ったから。まあ、お正月の三が日、なるべく調理しないですむようにしようとは心がけて。
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というわけで、31日、ナムルをたんまり作り、50歳オーバーの独身タクシードライバーの従兄弟を迎えての年越しディナーは、ピビンバ定食。各種ナムルと牛肉の佃煮をのせたにピビンバにチゲ、イワシのゴマ漬けにイカの麹漬け、生ハムポテトサラダ。って、年越しとかまったく関係ないけど、これはこれでしみじみうまかった。

翌元旦は、年賀状チェックの後、お雑煮。なにせ新潟の米どころの釣り仲間から極上お餅をいただいたのだ。のつもりだったが、前日、食べるつもりで準備していたそばがあったので、焼き餅を乗せて力そばに。これで年越しそばとお雑煮の一石二鳥と自画自賛。まあ、うまかったのでいーじゃないか。
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そのあと、大宮八幡に初詣に出掛けたものの、あまりの人混みにすごすごと引き返し、コンビニでビールを仕入れた。

家でのんびり、ナムルを肴に酒を飲む。
昼から酒浸りの正月に、そこはかとない幸せを感じる1月1日。
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by 4433yoshimi | 2010-01-01 16:41