ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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浜松のウナギは旨かった

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先週末は静岡県浜松へ空手の試合で遠征した。

実は3月に川崎市で開かれる大会に、40歳以上女子のカテゴリーでエントリーしていたのだが、東日本大震災の影響で延期となった。壮年男子の空手の試合は、35歳以上から始まって5歳刻みでクラス分けがされているが、女子の場合は初級者と上級者、体重別などで分かれていることはあるが、35歳以上の壮年女子のテゴリーがある大会は滅多になく、40歳以上なんてのは、この川崎での大会だけ。私以外のエントリーがないのでは、と心配していたが、試合が成立すると連絡を受けたので、それを励みに稽古していたのだ。無期延期とのことで、ほっとしたり残念だったりの複雑な心境でいる中、道場の師範から、浜松の大会では35歳以上女子の試合があるので出場しませんかと声をかけられ、エントリーさせていただいた。

通常、試合数日前にはトーナメント表が回ってくるのだが、今回はなんの連絡もなく会場へ。ドキドキしながら受付で渡されたパンフレット見ると、女子の試合は一般のみ5名。3名がシードで優勝まで2回闘い、残りの2名は3回戦わねばならない。私はその、残りの2名だった。しかも、これまで出場した試合はすべて1分半だったが、本戦2分、延長戦も2分とのことで、スタミナが心配である。師範から、どうしますかと尋ねられたが、ここまで来たからには出場しますと返事をしたさ。

1回戦目の相手は、私より帯下の選手だが、体重が20キロも重い。覚悟をしていたが、いきなり飛んできたパンチはかなり重かった。早々にみぞおちに入れられ、一瞬、世界が止まる。もうこれで帰らせてくださいと思った。応援してくださった同じ道場の方達や吐渓は、技ありをとられるのでは、と危惧したそうだが、なんとかセーフ。そこから気持ちを立て直し、パンチをかわしながら蹴りをメインに反撃開始。これで前半のマイナスを取り戻せたかどうか微妙なところだったが、判定は引き分け。延長試合となった。また2分だ。ああ、スタミナがもつのかしらんという不安をこらえ、再び試合開始。初戦の後半のイメージで闘い、残り30秒のコールがかかった時、このままでは息切れしそうなのでちょっとスタミナをセーブし、残り10秒のラストスパートにかけた。
結果は判定勝ち。いやはや、際どいところだった。

次の相手は、黒帯の十代の女性だ。子供の頃から空手を続け、地区の大会では優勝をしたり、全日本大会まで狙っているらしい試合慣れした強豪選手である。胸を借りるつもりで試合に臨んだ。
いやあ、やっぱり強いわ。動きにスピードがあるし、上段の蹴りは至近距離からどんどん飛んでくる。内股を蹴られたら、初戦の時と同様、もう帰りたいと思った。しかし、師範や応援してくださっている方々のことえを思えば、無様な試合をするわけにはいかない。気合いを入れて自分で持ちうる限りの力で応戦。自分を信じて戦うしかないじゃないか。幸い上段は受けられたし、技ありはとられることなく終了。判定は私の負けだったけれど、最後まであきらめることなく戦えたし、限界まで力を出しきった満足感があった。
結局その子は、決勝戦では早々に1本とって優勝。まるで公開処刑のような試合だった。試合は厳しいものだ。強い者しか評価されない世界だからね。
負けた私がいうのもなんだが、正直、楽しかった。試合前の不安は何度経験しても本当にしんどいし、負けて空手を止めたくなるほど落ち込む時もあるが、今回は楽しいと思えた。
試合の後は浜松のウナギを食べて帰宅。

今日で試合後2日目。まだ蹴られた内股が痛くて、湿布薬を膝上から何枚もベタベタと張りまくり状態である。しかし少し痛みが和らいできたので、この様子なら明日にはまた稽古ができそうだなあと、楽しみだったり溜息をついたり。
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by 4433yoshimi | 2011-05-31 10:11 | Comments(0)
関東は今日で梅雨入り。明けたら源流の渓のシーズンが始まる。

飯豊朝日、白神、北アルプス、南アルプス、これまでたくさんの源流域を訪れた。淵を泳いだり、高所を高巻いたり、滝をよじ登ったり、空中懸垂したり、普通では行けない場所も、その道の達人に連れて行っていただいた。その時々で、技量、経験、知識、並みの人が束になってもかなわない、素晴らしい方々がいてくれたお陰で、私も、肝を冷やしつつも訪れることができたのだ。
そんな中で、私が心がけたのは、どうすればサポートする人がより安全に、より楽にサポートできるかを察することだった。いわば、私はサポートされるプロを目指した。サポートしてくださる方への声をかけるタイミング、体重のかけ方、適切な力の強度のお願いの仕方、サポートのお礼に私の得意な料理で感謝を伝えること、そんな数々の渓の経験が、傲慢に自分ひとりでも生きていけると思ってきた私を、成長させてくれたのだと思う。

3月11日からの非常事態は、私の中では未だ続いてる。関西在住の親類からは新鮮で安全な野菜、北海道の実家からは魚、伯母からはおいしい神戸牛、高校の同級生からはジャガイモやタマネギ、また別の同級生からベーコンやスモークサーモン。釣り仲間からは、手作りの無農薬玄米、日本海で釣った魚の干物、手作りの味噌、などなど、日本全国から届けられる。お金では決して買えない数々が、まるで物々交換のように来たり送ったり。本当にありがたいことである。
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今日は、実家から海の幸が届いた。
実は私、カニが好きなのだが、高額なのと、吐渓があまり好きではないのとで、ここ数年、食べていなかった。時々無性にカニが食べたくなるのを我慢してきた。そんな私のカニ願望を察してくれたのか、なんとオホーツク海の雄武産のカニが入っていて驚喜! 甘エビもニシンもカレイもホッケも韓国産ゴマ油もうれしかったけれど、数年ぶりのカニに感涙。
1杯のほとんどを私が食べた。何度も吐渓に勧めるのだが「身をほぐすのが面倒だ」と拒否。本当に面倒なのか、それともずっとカニが食べたいと言っていた私にたくさん食べさせたいと思ってくれているのか、とは思いつつ、本当に好きなものは真っ先にバクバク食べてしまう人でもあるので完全には信用できないとも思ったり。小学生の時、残ったクリスマスケーキを譲ってくれた父に、どうしてこんなにおいしいものを譲ってくれるのか、その気が知れないと疑心暗鬼になっていたっけ。
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神戸牛の伯母と実家の母に、今日、ネットで調べて九州産の新茶を送った。
http://www.e-ochaya.net/
ふたりともお茶が大好きで、1日に何杯もいただく。70歳を過ぎた老女が、放射能に汚染されたお茶を飲んだってたいして寿命に変わりはしないとお上は言うのかもしれないが、私は大好きなふたりに安全なお茶を飲んでほしい。そんな気持ちを大切にすればこそ、生きる甲斐も喜びもあるのじゃないか。
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生活習慣病で甘いものを禁止されている母には、糖分ゼロのわらびもちと水ようかんも同封した。そう伝えると電話口の向こうで母が、本当にうれしそうに笑った。人間、本当にうれしい時の笑顔は、顔が見えなくたってありありとわかる。カニを食べてる時の私も、たぶんそんな笑顔なんだろう。
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by 4433yoshimi | 2011-05-27 15:10 | Comments(0)

神谷町からのSOS

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タクシードライバーの従弟からSOSがあり、吐渓が今、電車で神谷町に向かっている。めまいと吐き気がして運転不能とのこと。数年前から、自律神経失調症の症状で通院している従弟だが、これまで帰宅できないほどの体調不良はなかった。病院で調べても、取り立てて原因が見つかるわけでもなく、鬱病か、更年期障害か、心配していたさなかのSOS。
20代の頃に両親を亡くした彼の家族は、関西に住む妹と北海道に住む弟。毎日のように携帯電話で連絡を取り合う、濃密な関係の兄弟だが、切望していた自分の妻子を持つことはかなわず、鬱屈していたのかもしれない。かといって私に何ができよう。折を見て食事に誘うくらいだ。
会社勤めをしていた頃は、よく会社の愚痴で盛り上がって酒を飲んだ。数年前に個人タクシーになって以来、彼は会社の人間関係に悩むことはなくなったが、その分、すべてが自分の責任となり、内向していったのかもしれないと思う。わかっていても、どうすればいいのか。人の気持ちは骨折箇所を治療するようにはいかない。バンテリンも痛み止めもプロテインも効かない。
その昔、私の母が、心を病んだ息子を持った伯母を、「私だったら自分が死ぬ覚悟で息子に向かい合うのに」と言っていて、気迫だけでは治るはずはないと思いつつ、そうした熱情を持って接してくれる人は誰にも必要なのじゃないかとは思った。でも、それは自分から求めなければ得られない。手を差し伸べてくれなければ、その手を握ることはできないんだ。

臆病さとかプライドとか、様々な壁のせいで心と心が遠くなっている昨今。どこか山にでも従弟を連れ出して、地べたに寝転がりながら空を見上げ、一緒にポカーンとしたいものだなあ。
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by 4433yoshimi | 2011-05-26 23:08 | Comments(0)
先週末、再び新潟へ。前回、訪れた時に芽を出したばかりのコシアブラがちょうど食べ頃だと地元の仲間、Tさんに教えられ、まだ花粉残る山里へ。1週間しか経っていないのに、虫がかなり出てきていて閉口したが、小一時間ほどで食べる分をいただいて終了。
その後、Tさんとと合流して焼き肉屋さんに繰り出した。肉そのものはごく普通だったけれど、出てきたご飯に吐渓とふたり、悶絶。家ではTさんが作った玄米を食べているが、ひさしぶりの魚沼コシヒカリの銀しゃり、さすがご飯にこだわる新潟の焼き肉屋さんだと感心した。こんなお米、東京のどんな高級飯屋に行っても出てこないだろうというほどのピカピカでツブツブの白米だ。糖尿病の家系で、予備軍だというTさんに、玄米にしたら数値、よくなるんじゃないかと勧めたが、かたくなに白米にこだわる米生産者であるTさんなのだった。こんなにおいしけりゃ、致し方ないかもしれないとは思うが、本当においしすぎて、痛し痒しである。

そこから沼田の家に行き、翌日、いただいた山菜と、新潟のスーパーで買った妻有ポークのひとくちかつで昼食。いやはや、山菜といい、豚肉といい、おいしくて顔がゆるみっぱなしだった。
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毎年、山や川で山菜やキノコ、魚などをいただいているが、自然の恵みは自分が食べられる分だけしかいただいてはいけないと律している。そこの現場に行って、汗をかいた人だけに許される喜びだと思うからである。いくら欲しくても、小さいものには手を出さない、すべてを取り尽くそうとはしない、あくまでも謙虚に、そこの環境にダメージを与えないよう注意しながらの探索である。
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それは場所によっても、年によっても状況は違うので、正解はひとつとしてなく、毎年、その現場の様子を見て判断することなのである。その判断ができるかできないかが、とても大事なことで、それは人に教わったり、自然に教わって初めて気づくことである。

毎日のように通って沢のイワナを絶滅させてしまった人、手の届かないところの山菜を採りたくて木を切ってしまう人、外来種の生き物を放してしまう人、大量のゴミを山中に捨てる人、バスでバイトさんを雇って他県に行って山菜をごっそり採ってくる業者、などなど、心ない現実はいっぱいある。人間は自然に生かされていること、自然は人間の力の及ばないすごいものなんだってことを忘れたら、きっと人間は滅びるのだろうと思う。畏敬の念と感謝は、常に忘れてはならないと自戒しつつ、自然に分け入るのである。

数日後、東京の知人に、某山で採ってきたというワラビをいただいた。きっと初めての山菜採りだったのだと思う。小指の長さにも満たないような地中から顔を出したばかりのワラビがたくさん入っていた。胸を痛めながらひとつひとつ下ごしらえをする。かわいそうだけれど、採ったからには食べてあげねば。
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自然には、人から人へ、現場で直接伝えていくべきことが山ほどある。登山道を歩いているだけではわからないたくさんのことが。
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by 4433yoshimi | 2011-05-24 13:32 | Comments(2)

食いしん坊受難

毎年恒例の新潟県十日町市での山菜教室、今年も無事終了。いつもの年と同じ日程だったが、今年は雪が消えるのが遅かったようで、少し早い時期に出る山菜が中心だった。その日に参加した全員が食べるにはちょうどいい量だが、例年よりは少なめの収穫。翌日、現地の知人の案内で、数回楽しめる程度のコゴミやウルイなどをいただいて帰京。山の恵みに感謝。
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一時、スーパーでは四国や九州などの野菜がメインで売られていたが、最近は福島や茨城、千葉などの野菜ばかりで買う気がしない。被災地応援の一環なのかもしれないが、それまでの食品の放射能の基準値を上げてからは、安心だという日本政府の言葉など絶対に信用しない。本来ならば、放射能を振りまいた東電が全部引き取るべきものだ。茨城の魚、福島の牛や豚からもセシウムが検出されているから、野菜以外の食品も産地を確認してからでなくては買えなくなった。微量だけれど、北海道のサケからもセシウムが検出されているので、太平洋を回遊する魚は危ない。そのうち、冷凍食品やレトルト食品やハムやカマボコなどに、そうした怪しい食品が使われるようになるに決まっている。これまでは国産品を買うようにしていたけれど、今後は外国のもののほうが安心なのかも。本当に日本は、汚染列島になってしまったんだなあ。最近の強風で、関西にも放射性物質が検出されたというし、いやはや、気分が暗くなる。
先週、韓国に行った母が、昆布や海苔を日本から大量に買いに来ていて、ずいぶんと値上がりしていると言っていた。そうか、韓国に食品買い出しツアーってのもアリだな。
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完熟トマトが安かったので、トマトソースを作ってみた。こいつをミートソースに、と思っていたが、久々にオムライスにすることに。
ニンニクとタマネギとトマトを煮て、トロトロになるまで水分を飛ばす。中のご飯は、タケノコとタマネギと焼き豚のチャーハン。それを卵でくるんでたっぷりとトマトソースをかけた。いやはや、これがおいしかったのなんの!
おいしいものは人を幸せにしてくれる。
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生きる喜びを奪わないでほしいよ。心からそう思う。
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by 4433yoshimi | 2011-05-20 18:09 | Comments(0)

この夏はもう還らない

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ゴールデンウイークの真ん中あたりは沼田の家で体を休めていた。5月1日に空手の審査があり、全身筋肉痛。様々な課題があるが、逆立ち歩行と2メートル以上の跳び蹴りなど、あともう1回生まれ変わって練習しないとできなさそうなものは最初からあきらめ、とりあえず現在、できるだけのことをしてお茶を濁す。そういったことは人生の折り返し地点前までにマスターしておくべきものなんだろう。吐渓も、若い頃は軽々とできていたそうだが、今の体重ではね。
ギリギリの瀬戸際でできていることを、より長くやり続けられるよう精進していく。それが私の目標。40代ではわからなかった自分の体力的な限界も見えてきた。それ以上のことをやろうとすると、筋を痛めたりしてどこかが壊れてしまう。それでも甘やかさないでどこまでやれるかの見極めがむずかしい。
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そんなわけで沼田ではのんびりまったり。近所を散歩して花を愛でるのが最高のリフレッシュ。暑くもなく寒くもなく、うららかな5月の日差しが差し込むリビングを、フローリングワイパーで拭いていたら、幸せの実感がふつふつと湧いてきた。それと同時に、東京に帰ってしまえばこの幸せな時間がなくなってしまうのだと思うと、無性に悲しい。うれしくて悲しくて、せつない、複雑な感傷。
それによく似た感情が、20年ほど前にもあった。箱根の山を、とロープウエイで上っている時、はるか下界の町や周囲の山並みの絶景に、「もう一生、この景色を見ることはないんだね」と嘆く私に、「何いってんのよ、よしみちゃん。また見たくなったら来ればいいんだよ」、そう笑った今は亡き友の声をありありと思い出す。

こどもの日の夜に帰宅しようと車に荷物を積み込み、乗車したら、エンジンがかからなかった。渋滞回避で夜の10時過ぎという時間だったため、どこにも相談できず、すごすごと家に戻った。翌朝、吐渓は何度もエンジンをかけようとしたが、カラカラと空回り。あきらめて近くの修理工場に電話をすると、すぐに駆けつけてくれた。そこに預けて電車で帰るしかないと覚悟していたら、試みること数回で無事にエンジン始動。いやはや、ラッキーだった。おおよその原因もわかり、無事に東京の家に帰ることができたのだった。幸せのすぐあとにはしっぺ返しが来がちだが、この程度ですんで本当によかった。
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沼田では寝たい時に寝て、食べたいものを食べ、好きなように過ごしたが、糖尿病予備軍の吐渓のためのゆるやかな食事制限再開。半年ほど前から炭水化物、糖分をかなり減らしている。先月、ネットで取り寄せていた冷凍のメンチカツサンドと焼きそばサンドをいただいてみた。
http://www.ofk-ec.com/SHOP/80816/80818/list.html
f0207325_13523334.jpgそばの麺は小麦ではなく大豆、コッペパンも小麦のかわりにふすま使用。確かにソース味の調理パンだった。しかし、本物よりは満足度は低い。ここまでして焼きそばパンを食べることとはないが、メンチカツのほうはリピートしてもいいというのが結論。

まるで夏休み最後の日みたいな、今年のゴールデンウイーク最終日である。
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by 4433yoshimi | 2011-05-08 13:54 | Comments(0)