ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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<   2011年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

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兵庫県明石市在住の従姉から、道の駅野菜市場からの宅急便が届く。月に2回ほど送ってくれているのだが、トマトが一番の楽しみ。キュウリだってネギだって、青物野菜だって100~200円ほどだけれど、ちょいと高いトマトはさすがにおいしい。
今回は、東京では放射能汚染地域のものしかないキャベツや大根を送ってもらったのだが、関西のこの手の野菜は正直言って、あまりおいしくないなあと思う。
やっぱりこの種のものは、雪深い北国産がおいしいと思う。地方によって、土地によっておいしい野菜の種類が違うのだなあとしみじみ思うこの頃。
ただし、ここまで放射能が全国に拡散されてくれると、気休めでしかないのかなとは思うが、あきらめることを、怒りを忘れてしまうことを見越している政府のやり方に屈するのは絶対にいやだ。今現在、できうる限りの努力をすることをあきらめてはならないのだ。山でだって渓でだって、生きている限りはそれが鉄則。
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イカと一緒に煮たら繊維ばかりで閉口した大根をどうしようかと考えたのだが、千六本に切ってしまえばそれほど気にならないだろうと、オイキムチを仕込む。翌日、味見したら実においしかった。やっぱりキムチは、韓国の力のない土地でできた野菜料理なのだなあ。そもそも瑞々しい野菜だったら、そんなに手をかけなくたっておいしく食べられるし、野菜の干したものの料理が多いのも、やせた土地での筋張った野菜の繊維を壊す食べ方なのだと納得。もっとも、保存の意味もあるに違いなのだろうが。

多発性脳梗塞からくる鬱病だと診断された従弟が、いい医師に巡り会ったおかげで、かなり元気になった。表情がまったく違うのだよ。明るくなったし、精神的に安定している感じ。
国からの鬱病自立支援の補助を受けられることになったのと、個人タクシーの協会からの闘病補助金が出たことが大きいと思う。やっぱり人間、お金に左右される生き物なのだなあ。特に従弟は物欲が強い性格で、鬱になってからはまったく反応しなかった物への欲望が復活していて、嬉しそうに今度、買い替えようと思っている携帯電話の機種について話しているのを聞いて、もう大丈夫だと確信。本当に現金な奴だ。

今日から吐渓は博多に出張。手抜きご飯で作り置きの野菜スープに市販のカレールーを溶かしてカレーに。冷蔵庫に残っていた筋が多くて残っていたイカ大根煮も加えたら、これがバカウマ。カレーにイカ大根? と思うだろうが、不思議といける。どんなものでも懐に抱え込んでしまうカレーってすごい奴かも。従弟が、「カレーにはキムチが会うんだよね」とオイキムチとカレーをバクバク食べていた。
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何でもアリだよね。生きていさえすれば。
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by 4433yoshimi | 2011-06-30 20:05 | Comments(2)
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人を酔っぱらわせることがけっこう好きである。
普通の状態から、徐々にゆるみ始めて、ダメダメになるまでの課程が、楽しい。その前後はどうでもいいし、つまらない。それは自分自身も含めてなので、酒を飲むということの楽しみは、その微妙な数時間を楽しむためのものだと言って過言ではないかもしれない。
だからちゃんと酔っぱらってくれないと楽しくないし、自分自身も、ゆるゆると酔っていく課程を楽しみたいのだ。

昔は酩酊することが目的だった。前後不覚、正体不明、いやはや、アナーキーな手合いであった私だが、胃の不調を感じてからは「これではマズイ」と思ってセーブし始め、アルコール分解酵素がゼロらしき吐渓と暮らし始めてからは酒に対する取り組み方が変わった。まあ、そんな大それたものではないけれど、コミュニケーションツールとしての酒の効果なんて、たいしたもんじゃないというのがわかったことと、酒はごくごく個人的な楽しみであるということを痛感。以前は、酒は人と飲むものだったのが、ひとりで飲む楽しみも覚えた昨今なのであります。一緒に酒、飲んだからって仲良くなれるもんじゃないんだよなあと。

70代の母と80代の父が住む北海道の実家に電話をしたら、ふたりともある事柄に対して激高していた。年をとればとるほど穏やかになるかと思いきや、未だに切れば鮮血が吹き出すようなふたりの激情家っぷりに心の中で拍手喝采。熱いよ、その熱さが、素敵だよ。
興奮して電話口の向こうで声を震わせている母が愛しいと思う。電話口の向こうで地団駄踏んでいる父が愛しいと思う。やっぱり人間、怒りが生きる原動力だったりするのだなあ。
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仕事で午前5時に出発するという吐渓に弁当を作った。ハンバーグに玉子焼きに漬け物、甘酢生姜のみじん切りを混ぜた玄米ご飯に海苔。
どんなご飯を食べているのか。それがその人作っていると思う今日この頃。
無性にカップヌードルとかレトルトカレーとか、ヤクザなものを食べたがる自分がいて、誰かのためにセーブしようとする自分もいる。ひとりで暮らしていたら、きっと、そんなことはどうでもよくなって好き放題になるに違いない。自分のためだけではできない我慢もしようというからには、それだけのものが、愛が、思いやりが、優しさがなけりゃね。

金勘定だけで動く輩には、もう絶縁状を出してもいい頃なのかもしれない。
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by 4433yoshimi | 2011-06-27 01:35 | Comments(0)

マイブーム・忌野清志郎

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ナック5金曜日の小林克也の番組で忌野清志郎の「軽薄なジャーナリスト」がかかってぶっ飛んだ。

You Yube (1988年12.31~1989.1.1ライブより)
http://www.youtube.com/watch?v=DnDTwqXFYlc

忌野清志郎といえば、私にとっては高校生の頃、流行っていた「ぼくの好きな先生」のイメージ。その軟弱な片恋の歌からは、ほど遠い骨太の確信犯的プロテストソングに、ああ、この人は予言者だったのだと確信した。
「軽薄なジャーナリスト」以上に慧眼ぶりをみせつけているのが「サマータイム・ブルース」

オリジナル歌詞: E. Cochran & J. Capehart
替え歌詩: 忌野清志郎

暑い夏がそこまで来てる
みんなが海へくり出していく
人気のない所で泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねえ、何のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ、誰のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い (悪かったな、何だよ)
それでもテレビは言っている
「日本の原発は安全です」
さっぱりわかんねえ、根拠がねえ
これが最後のサマータイム・ブルース

あくせく稼いで税金取られ
たまのバカンス田舎へ行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえ内に漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース

電力は余ってる、
要らねえ、もう要らねえ

電力は余ってる、
要らねえ、欲しくない

原子力は要らねえ、
危ねえ、欲しくない

要らねえ、要らねえ、欲しくない
要らねえ、要らねえ、

電力は余っているよ
要らねえ、危ねえ、

※アルバム 「カバーズ」(1988.8.15 オリジナルLP発売予定→中止)収録

もう20年以上も前に、まるで現在を予感していたような歌に身震いがする。
この歌で「放射能でガンになりたくねえ」と叫んでいた本人が、2009年、ガンで逝った。合掌。
当たり前のことを、当たり前に言い続けることの大切さを思ったのだった。
それにしても凄すぎる。この日を予感していたんだね。カナリアのように。
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上高地に行っていた吐渓のお土産はネマガリダケとミズ(ウワバミソウ)。早速、ミズは炒め物、ネマガリダケはけんちん汁でいただく。
今日もおいしいご飯が食べられることに感謝。
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by 4433yoshimi | 2011-06-23 19:57 | Comments(0)

小心者の右往左往

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放射能汚染に関しては、かなりナーバスになってしまっているが、根が臆病ですから。今日、吐渓に、今後の方針と見通しを聞いて少し安心。
渓で野宿をしている夜は、雨が降っていると寝られない。寝場所まで川の水位が上がってしまうのではないかと、川の水かさが増えて帰れなくなってしまうのではないかと、気が気ではない。エスケープの算段をしたり荷物をまとめたり。
本当に危険が迫っている時は吐渓が緊急事態宣言をするが、たいていは私の杞憂で終わる。
「怖いもの知らずでいるより、臆病なくらいがちょうどいい」
と吐渓が言うので、根が小心な私は自分の心が赴くままに心配し尽くすわけだ。しかし、それを続けていると限界がくるわけで、最後のところは吐渓の判断を信じて心配をシャットアウトする。
そうしてこれまで幾多の増水や遭難や怪我の危機をかわしてきたのだから、間違ってはいないだろうと思う。だから放射能汚染に関しての危機管理も、最終的には吐渓にゆだねることにした。完全に楽観はしないけれど、まだこの東京を去るべきほどのことではないと。

真っ先に避難先に考えたのは、私の実家のある北海道。これは一番楽な方法だろう。次に吐渓の実家のあるアメリカ。これは私の語学力の問題はあるが、なんとかなるだろう。次に、友達のいるアラスカもいいなあ。いや、九州だって友達はいっぱいいるし。と、どんどん方向性が違ってきて、ここから違う場所に移動することが楽しみになってきたりする。どこでだって生きていけるのは確かなのだから。いや、もしかするとこの東京が本当は一番生きづらいのかもしれないとさえ思えてくる。
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何かに怯えながら暮らすのだけはいやだと思う。
おいしいものを食べて、楽しい話をして、笑いあって生きていきたいものだ。
電気もガスもない山の中だって、それしか方法がないのなら焚き火で料理をしたり月明かりで夜を過ごすことはできる。それしかないのなら、何とかやっていけるもんだって、みんな思えればいいのに。でも、夏のクーラーは東京では必須。その電気すら消費できないとすれば、いよいよ東京を去る時なのかもしれない。
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by 4433yoshimi | 2011-06-19 23:13 | Comments(0)
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山菜でお世話になっている十日町のスーパー、ユーモールで買った妻有ポークという名の豚肉がとてもおいしかったので、ネットでお店を調べてお取り寄せした。
http://www.farmland-kiotoshi.com/index.cgi
とりあえず、塩豚にするために、もも肉500gの塊を5個。100gで200円なので、東京で買う、そこそこおいしい豚肉の値段とそう変わらない。塩をふって冷蔵庫で1週間ほど熟成させて冷凍。スープにするも良し、ローストするも良し。それほど放射能汚染されていない日本海側の豚肉だから安心食材だ。
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野菜は兵庫県の従姉が送ってくれているので、ホウレン草も食べられる。魚は実家の北海道から。ありがたいことだ。空中や地表に日々ばらまかれている放射能物質は仕方がないけれど、せめて食べ物は内部被爆しないものを選ぶんだ。外食は仕方がないので、せめてうちのご飯くらいはね。
おかげでずいぶん外食が減った。その分を食費にまわせば、少し高めの食材だって選べるのだもの。

吐渓が写真撮影ガイドで上高地へ。「雨で宿に缶詰…」と落ち込んだメールを送ってきたけれど、梅雨時に日程を組んでいるんだから当然といえば当然。せめて曇り予報の明日、朝焼けの撮影ができればいいのだけれど。
私は毎週土曜日、お決まりのジムへ。ピラティスのレッスンで、先生が「日光に行ったんですが、人が少なくてビックリしました。例年はすごい人なんですがね」とおっしゃったので、お節介とだとは思いつつ「ホットスポットだって報道されてるせいだと思いますよ」と私。
そんなことになっているとはまったく知らなかったらしく、愕然とされていた。すると、私の斜め後ろのおばちゃんが「もう関東は全部、汚染されちゃってるからどこもダメですよ」と吐き捨てた。
スタジオ内の空気がよどんだ。そうだよね、もうみんな汚染されちゃってるもんね、てなもんでどんより。暗い未来しか残されていないのか、日本には。
せめて政府や東電や御用学者など嘘つきたちの罪は明らかにしてほしいものだ。

鬱で脳梗塞で認知症だと診断された従弟が、精密検査を受け、どうやら認知症ではなかったらしく、おまけに脳梗塞も軽い症状なので投薬すれば1~2カ月で仕事に復帰できそうだとのこと。おかげで鬱だったのが嘘のように明るい。彼にとっては、いつ自分の脳の血管が切れるかという不安にとらわれていた数週間、目に見えない放射能なんてアウト・オブ・眼中だったのは当然だろう。
「眠れない夜、自殺したくなるんだ。病院で鬱の薬、頼んでみる」と言っていたから心配したよと言うと「え、俺、そんなこと言ったっけ?」ですと。本当に認知症じゃないのか、おまえ、と言いたくなった。本当に心配したんだぜ。
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最近の家酒は、ネットで1本750cc140円のペリエと、吐渓が整体の患者さんからいただいたジャックダニエルで作ったハイボール。これが、すこぶるおいしい。しみじみ、家で酒飲んでてよかったー、とラジオを聞きながらまた一杯。
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by 4433yoshimi | 2011-06-18 21:02 | Comments(0)
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軽い(たぶん)脳梗塞と鬱病を併発した従弟(独身)を現在「さりげない監視中」。近所に住んでいるので数日ごとにご飯に呼んでいる。なるほど、気分のむらが激しく、日によっては「死にたくなる」と嘆いてみたり、明るく散歩に出掛けてみたり。どうやら、よく眠れなかった翌日は落ち込み、そうでない日はリラックスできているみたい。
私の父もストレスに弱く、そのせいで胃潰瘍を繰り返していたが、眠れないと鬱々と過ごす日が多かった。母は、そんな父を「トンネルに入ってる」と表現していたものだ。今でも、母に電話して父の様子を尋ねると「今、トンネルだから」と言われてかわいそうだけれど思わず笑ってしまったり。もう90歳近いというのに、いやはやなことである。

今日も昼ご飯を食べに来たが、昨夜、よく眠れたとのことで明るかった。いったいこれがいつまで続くのか。さらに精密な検査をすることになっているので、その結果が出るまでは現状維持か。誰もいない部屋でひとり、病気のこと、仕事のこと、将来のことを考ると不安にかられるのはわかるが、考えたってどうしようもないことだもの。健康になることだけに集中してくれればいいのだけれど、仕事をしていないと暇すぎて、そうもいかないのだろう。生きるのは大変なことだ、それぞれに。
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昨日、実家に電話をしたら、ひどく母が疲れていた。
「昨日の夜は12時頃まで家に帰れなかったんだ」
その前日から泊まりがけの用事を済ませ、夜の10時頃帰宅すると、家の鍵が閉まっていたそうな。留守番をしている父が、うっかり鍵をかけたまま寝てしまったのだろうと、電話を捜して歩いて赤提灯を見つけ、その居酒屋から家に電話させてもらったが、コールが鳴り続けるばかり。仕方なく、母の弟に電話して迎えに来てもらい、その叔父の家から再び電話。倒れているのではないかと心配して、窓ガラスを割って入ろうという叔父を制止し、何度目かのコールでようやく父が電話をとったのだった。
帰宅して尋ねると、父は友人達と食事会で飲み食べして帰宅後、泥酔してソファで倒れていた模様。ズボンが泥だらけなのだが、店からいっさいの記憶がないという。そんな年寄りを泥酔するまで酒を勧めるなんてほどがある、と怒りがわいたが、たぶん自分がいい気になってどんどん飲んでしまったのだろうから、自分の責任ですね。90歳近くにもなって記憶をなくすほど酔っぱらうなんて、アンタ本当に胃潰瘍だったんかい。強すぎるのか弱すぎるのか、よくわからない。

吐渓は先週の福岡の出張に続き、現在、大阪での空手の大会で選手サポート。さまざまな熱いドラマが繰り広げられているのだろう。勝つも負けるも、涙。ある時期、自分のすべてをかけて打ち込めるものがあることは素晴らしい。かけがえのない体験。今年は観戦できなかったけれど、今、この時に戦っている人たちのことを思うと胸が熱くなる。
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by 4433yoshimi | 2011-06-12 14:23 | Comments(0)

従弟が鬱になりました

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吐渓が福岡に出張し、仕事も一段落し、1週間ほどのんびり休暇気分、と思ったら、従弟が鬱になりました。個人のタクシードライバーを生業としている従弟が、急なめまいで仕事中に運転ができなくなり、吐渓にSOSが来て、回収に向かったのは1週間前。それから数日後には、自宅で具合が悪くなり、救急車を呼んだそうな。以前から自律神経失調のため通っている病院に運ばれたが、原因不明。それから2軒ほど病院をはしごし、心療内科でようやく納得のいく先生に出会えたとのことで少し安堵した。その先生の診断は、軽い脳梗塞と鬱病。いやはや、そうじゃないかと思っていたけれど、本当に鬱だったんだ。ここ数年、会って話をするたびに、あまりにネガティブなのでつまらないなあと思っていたんだ。それは病気のせいだったんだろうか。
「突然、このまま死んでしまいたいと思う時があるんだよ」
と言われたって、なんて答えりゃいいのさ。バカヤロー、なんてびんたするのかい。頑張れー、なんてのも鬱には禁句だそうだし、北海道に住む従弟の弟に電話しても溜息ばかり。どうしたものか。
f0207325_20301493.jpg福岡に出張中の吐渓に、そんなことを報告するメールを出したら「さりげない監視が必要だ」との返信。さりげない監視か…。とりあえずたびたびご飯を呼ぶことにした。ただのご飯では食指を動かさないので、電話で「今日は、北海道のホッケを焼くからおいでよ」と誘ったら、「ホッケかあ、いいね」とちょっと明るい声になった。

「お姉ちゃん、これ読む?」と従弟が持ってきたのが漫画の単行本「岳」(石塚真一著・小学館)。北アルプスの山岳救助隊をボランティアでやっている青年が主人公のお話だ。無事に救助できることもあるが、半分以上の確率で死の描写が出てくる。死に引き寄せられているようで、私としてはなんだかなあ、である。雪山の世界は、それこそ生と死が紙一重。限りなく非日常の世界だ。これまで、そんなギリギリのところで山に対峙している若者を何人も見てきたし、何人も亡くなった。その、際どい世界を、エンターティンメントとして提供していいものだろうか。心を病んでいる人にとっては、ますます暗い場所に追いやることになりはしないだろうか。ちょっと危惧したが、心療内科の待合室にも全巻置いてあったそうなので、それなりの覚醒装置になる場合もあるのかもしれない。

従弟が、大きな頭を振りながら、ヨチヨチ歩きをしていた幼児の頃を覚えてる。生きるのはいろいろ難しいものだ。
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by 4433yoshimi | 2011-06-05 20:30 | Comments(0)