ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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<   2015年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

沼田の山は萌葱色だった

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今も毎日、なぜピーター君が失踪したのか考えている。
思えば、昨年は私たちは沈みゆく泥船に乗っているような状況だった。それでも彼の嘘のおかげで、私は明日に希望が持てたし、幸せな夢を見続けていられたのである。けれど、嘘は嘘でしかなかったのだろう。彼は、泥船をそっと岸に寄せ、私を大切に岸辺に上がらせ、そして自分はその泥船に乗って去ってしまった。彼を呼び寄せる誰かが、何かがあったのだろうと推測できることが救いである。ありがとう。私は明るい岸辺で前を見て歩いていくことができます。そして、あなたがいつかこの岸辺に戻ってきてくれることを祈っています。その時の私は、きっと今よりももっと強くなっていて、またあなたを守ることができると思う。だから、何も心配せずに、私の待っている岸辺にたどりついてください。

昨日、沼田の家を買ってくださった方に引き渡してきた。
沼田までは普通列車でのんびり向かったのだが、沼田に近づくにつれ萌葱色の山々や川ぞいの岸辺が、胸が締めつけられるほど美しくて悲しかった。毎年、うきうきと楽しくてたまらない気持ちで見ていた景色なのに。でも、きっとまた楽しくてたまらない景色になると思う。
沼田の家を買われたご夫婦は、埼玉県在住でカヌーとスキーが趣味とのこと。あの家は絶好のロケーションだと思う。きっと私たちよりも頻繁に訪れて、家をかわいがってくれることだろう。よかった、いい人たちに買っていただけて。
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沼田の家から持ってきたものはたくさんあるけれど、捨てた量も膨大だった。さすがにお酒は捨てることができず、持ち帰った。その中には、故川上健次さんが沼田の家を建てた時にプレゼントしてくださった「モアの酒」もある。モアは私が経営していた、源流釣り本「源流への旅」や「源流紀行」などを出版した会社である。先月、会社はたたんでしまった。私とピーター君が一緒に頑張って仕事してきた会社だから、彼がいなくなった今は、もう不要なのである。いろんなことがあったなあ。

今日は、私が好きなイタリア在住のブロガーさんが企画した展覧会へ。いい天気でよかった。
http://galleriaar.exblog.jp/21656639/
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by 4433yoshimi | 2015-04-28 07:54 | Comments(0)

さようなら、沼田の家よ

沼田の家に別れを告げてきた。部屋の間取りから棚の高さ、コンセントの位置、すべて自分で決めて建ててもらった家なので、格別の愛着がある家である。各部屋の壁、柱をなでて「ありがとう、楽しかったよ」と感謝の言葉を口に出して伝えた。「次の人にも可愛がってもらうんだよ」とまるで自分の子のように愛しんだ。幸い、買ってくださったのは山が好きな人のようなので、山仲間たちと楽しくにぎやかにすごしてくれることと思う。本当に、本当に私と吐渓にとって、癒やしの家だった。この家があったから、いろんなことが広がったのだと思う。運命は、別れを指し示したけれど、感謝と思い出は尽きることがない。
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昨夜は、渓の仲間が集まって、段ボールを運び出してくれた。私にはむずかしい梱包までやっていただいたり、人と人とのつながりのありがたさに感謝しても仕切れない思いだった。電気もストップしていたので、まっ暗な家の中でひとり、一夜を過ごした。眠れないかもしれないと思っていたのに、明け方まで熟睡。やっぱり、この家はよく眠れるなあと感心したのだった。
そして今朝、不動産屋さんに紹介していただいた運送屋さんにハイエースで荷物を運んでいただいた。1万5千円という格安価格なのでちょっと心配していたが、なんと高速を使わず、下道で行くとのこと。行きだけ高速代を出しますから、とお願いして届けてもらったのだった。
東京の家の中は、昨夜、仲間が明石に送る段ボールを引き取ってくれていたので、思ったよりも乱雑にならずにすんだ。吐渓がいないと何もできないと思っていた私だったが、仲間たちのおかげでなんとか前へ、前へと進むことができている。こうしてひとつひとつ乗り越えて、別れを告げたり出会ったりしながら明日を生きるのだろう。なんと不思議な巡り合わせだろう。笑って、思いきり笑ってみたいものだ、明日こそ。
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by 4433yoshimi | 2015-04-21 14:26 | Comments(0)

沼田の家が売れました

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どうしようもなく気分が落ち込んで、これはまいったなあとふて腐れていたら、沼田の家の売却を依頼していた不動産屋さんから、希望額で購入してくださる方が現れたとのこと。しかも、ゴールデンウイークから使用したいというので、急遽、荷物を運び出さなくてはいけなくなった。それにしても、この値段では売れないだろうけど、どりあえず出しておこうか、という額だったので、こんなに早く売れるなんてビックリ。明石の家を購入する時も、落ち込んで最低の時に決まったので、もしかすると神さまが私にエールを贈ってくれているのかもしれないとさえ思った。どうやら気分が最低の時に不動産運がアップするらしい。うれしいやら悲しいやら、ちょっと複雑。
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そんなわけで、沼田の家の荷物の運び出しは、21日に業者に依頼した。沼田の不動産屋さんに紹介してもらった運送屋さんは格安で、まあ、本当に経済的にはいうことナシの今年なのである。もしもピーター君がいたらすごく喜んでくれただろうに、残念。でもいないからこそ決めたことなんだよなあ。神さまのような方が、私をこっちにおいで、こっちにおいでと手招きをしてくれているような気がする。私はその手にすがって、えっちらおっちら歩いている。この先に何が待っているのか皆目見当はつかないが、流れのままに生かされているのである。
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北海道の両親に電話をしたら、ふたりとも声がハイトーンになるほど喜んでくれた。父は「売るのはむずかしいと思っていたけど、お前は本当に運がいいなあ」と踊り出しそうな調子で声を弾ませる。うーん、運がいいのか悪いのか、本当にわけがわからない。でも、明石のマンション購入で両親や親戚から借りたお金は返せるのでよかったよかった。いやあ終わりよければすべてよしだが、本当に私は大胆不敵だ。
このまま流れ流れてどこへ行くんだろう。とりあえず今日は祝杯をあげてしまったので、空手の稽古はお休み。明日の午前の稽古に出かけるとしよう。
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by 4433yoshimi | 2015-04-13 16:30 | Comments(0)

還暦になりましたよ

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知らないうちにブログのアップが1000回を超えていた。今日で1004回目。2001年の暮れから始めて13年が経過した。その当時の文章を読んでみると、なるほど若いわ。竹を割ったような言いまわしが、傍若無人な印象だ。長い道のりのようでもあるけれど、あっという間の出来事だったような気もする。まるで浦島太郎のような近頃の私。鯛やヒラメの舞い踊りを散々楽しんだなあととなつかしむ。ついでに写真アルバムを見てみると、いやはや隔世の感あり。私もピーター君も若かった。それでも「もっと若い時に出会っていたらケンカしてすぐに別れていただろうね」と言い合っていたのだから、どんだけ鼻っ柱が強いふたりなんだか、と笑える。

今日はT君夫妻が、私の誕生日のお祝いの飲み会に誘ってくれた。このところ外飲みは空手の稽古の帰りくらいしかないから、なんだか楽しみ。北海道の地ビールが飲めるお店らしい。雨が止んだら出かけよう。

お誕生日会から帰宅。T君夫妻からのプレゼントは、還暦ということで山ウエアの赤いベストと赤白縞々のシャツ。今年はこれで山を歩こう。ご飯までご馳走になった。最後にいただいた土鍋の炊き込みご飯がとてもおいしかった。
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一夜明け、朝から空手の稽古に出かけて帰宅して、今晩泊まりに来てくれるヨーコちゃんの晩ご飯用に鰯の韓国風煮付けとゴボウとコンニャクと油揚げの煮物を炊いた。ヨーコちゃんはまだピーター君の失踪を公にしていなかった頃から心配して、様子見で泊まりに来てくれている。晩ご飯と翌日の朝ご飯とお弁当作りのついでに自分のご飯もちゃんといただけるのでありがたい。本当に苦しかった日々から脱却したけれど、まだまだだなあと思うこの頃。ジェットコースターの日々から、早くのんびりゆったり、たゆたうような心持ちになりたいものだ。
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声をかけてくれる、心配してくれる仲間が本当にありがたい。いつか本当に晴れ晴れとした気分でお礼をしたいなあと思いつつ、もうちょっと待ってね、と時間の経過に身を任せている。何が起きても起きなくても、自分の運命をちゃんと受け止めようと真摯に思うのであった。
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by 4433yoshimi | 2015-04-09 16:18 | Comments(0)

移住計画、進行中

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今日は50歳代最後の一日。半世紀生きてきたんだ。すごい。自分がそんな年になるなんて、まったく想像していなかった。ごく普通にここまで来たけれど。
明石への移住計画が着々と進んでいる。先週は往復ぷらっとこだまで4泊5日、マンションに泊まってきた。沼田の家にあった一番軽い敷き布団と掛け布団を持参したのだが、いや重かったのなんの。家で単体で持ってみると「なんだ、こんなものか」と思っていたのに、じわじわと重さが背中に、腕に、脚に来る。ようやく到着したマンションは思ったよりも快適で、来年からはずっとここに住むのだなあという実感が喜びとともに湧いたのだった。毎日拭きそうじをしたり、台所や風呂用品を買ってきたり、魚棚に魚を見に行ったり、明石公園に桜の開花状況をチェックしに行ったりした。そして帰る前夜、従姉夫婦と叔母を呼び、ささやかな食事会をさせて頂いた。穴子寿司と笹寿司、丹波鶏の塩麹焼き、シロナのお浸し、アサリうどん、イチゴなど。冷蔵庫もないし調理器具もほとんどないので簡単料理だったが、とても喜んでくれた。叔母は「よしみが明石にこうしているなんて、夢のようやわ」と何度も独り言のようにつぶやく。子供の頃から大好きだったおばちゃんが喜んでくれることがとてもうれしかった。
帰りの新幹線では、名古屋から隣に85歳のおばあさまが座られて、名古屋でひとり暮らしだったのに東京の息子さんの家に同居していること、家の前が階段と坂道で大変なこと、70歳まで新聞配達をしていたことなどを伺いながら楽しくお話しさせていただいた。「これ私が作ったの、バスとかでも隣の人にさしあげてるの、ご縁だから」と5円玉にヒモを巻いて作った亀のお守りをくださった。とても気丈で情の深い方だった。人間、長く生きているといろんなことがあるだろうに、さらりと達観して生きていることが見事だ。私もかくありたいものだと思った。
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明日は60歳の誕生日。数日前、母に「明石に冷蔵庫がほしいけれど、いいのは高いからあきらめる。型落ちの安いのをネットで注文するよ」といっていたら、叔母から電話があり、引越祝いに従姉と一緒に冷蔵庫を買ってくれるとのこと。「一番いいのにしなさい」とのことで、ねじ伏せられるように本当にほしい冷蔵庫を買ってもらえることになった。涙が出るほどうれしい、食いしん坊の私。理想の冷蔵庫を手に入れて、どんな料理を作ろうか、胸が高鳴るのである。
ごめんさない。本当に一番食べてほしい人は吐渓です。
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by 4433yoshimi | 2015-04-02 16:55 | Comments(0)