ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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日々、過ぎていく。過ぎていく速度がどんどん速くなっているような気がするのは、夏に向かっているせいかもしれない。
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先週は北海道の実家に帰省。母が白内障の手術を受けるにあたり、説明&検査日に付き添いが必要だとのことで。
東京の行きつけの眼科医に、母が白内障なので手術をしなければならない時期なので、上京して手術を受けさせたほうがいいだろうかと相談したら、家に近い病院のほうがいいとのことで決断した。説明を受けて1週間後が手術なので、また来週、北海道へ行かねばならない。まあ、おいしいものが食べられるから願ったりなのだけど。

幸い片目だけの手術なので、まったく目が見えなくなることはない。けれど、日帰りなので行き帰りが危ないので付き添いが必要とのこと。92歳の父には無理なことなので、私が帰るしかないでしょう。
説明を聞きにいった北見の病院は、白内障手術に関して定評があるらしく、狭い院内に患者と職員がすし詰め状態。両目手術して待合室で転倒したおじいさんがいたりして不安になったが、執刀医師の話をうかがって安心した。
その時、東京より手術費用が安いと強調されるのが不思議だなあと思っていたら、あとで母が言うには、子供が東京にいる場合は東京で手術を受けさせるというケースがほとんどらしく、娘が東京から手術のために帰って来てくれるといったら、先生が喜んでいたそうな。医師も人なのであるなあ。1万人執刀されたとおっしゃっていたが、いやはや、1万人の目を見た男、なんて小説になりそう。
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父は、相変わらず毎朝、朝食前に家中の拭きそうじをし、ゴミ出しをし、小さいけれど畑の肥料をやったり土をすいたり、散歩に行ったりと休む間もなく動いている。体は本当に丈夫な人なんだろう。ただ、会話に関しては、かなり物忘れの度合いが激しくなった。理解力とか判断力は、さすがに優れているのだけれど、同じことを何度も質問する。けれど、それはさっきもいったでしょ、というと本人もめげるので、何度も何度も答えるようにしている。土日、勤務している老人ホームでも、それは鉄則。忘れてしまうことを責めてはいけないのである。何度も、何度でも、そう腹をくくればわけはないことなのである。何度も確認しようとするその姿が、けなげであるなあとも思う。失敗してはいけない、迷惑をかけてはいけない、そう思う人ほど何度も何度も確認したくなるのであるから。

北海道から帰ってきて、空手の帰りにいつもみんなで打ち上げをしていた浅草の居酒屋さんの店主&空手の先輩のしのぶ会があった。私より1歳年上の男性で、とてもよくしてくださった。人間は、本当にままならぬ生きものだなあと思う。人にはわからぬものをいっぱい抱え、ダメだと思ってもダメなことばかりしてみたり、人知れず素敵なことをしていたり、合掌。

人の営みの諸行無常に惑わされることなく刻々と季節は過ぎていくのであるなあ。
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by 4433yoshimi | 2015-05-25 14:40 | Comments(4)

抜け落ちた日々

f0207325_15511519.jpg先週の平日、5日間を明石の家ですごした。水曜日まではM夫妻がいてくれたので、お出かけにしろ食事にしろ、何かとにぎやかで楽しかった。けれどふたりが去ると、まだ家具のないガランとしたマンションの中は、とても空虚でさみしいことに気づかされた。ここでひとりで生きていくのかあ。親の面倒を見るために買った家なので、いずれは親が同居するのだろうが、なんだか実感がわかない。東京の家に帰ってくると、ほっとした。まだ生活の拠点は東京なのだから当たり前かもしれないが。

自分が食いしん坊だということにとても感謝している。食べることへの興味や楽しみがなかったら、とてもやりすごせなかった日々だった。今朝、ご主人を亡くしたうつみ宮土理さんが、亡くなってからの辛かった日々の記憶がない、とおっしゃっていた。とてもよくわかる。私も、20年間、いっしょに暮らしてきたピーター君がいなくなってからの記憶が、希薄だ。特に、失踪してから周囲に伝えるまでの日々は、ほとんど寝たきりのような状態だったが、まるでブラックホールのように記憶が抜け落ちている。人間は、つらいことは忘れるようにできているのかもしれない。
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ようやく、普通に生きる感覚がもどってきた。地に足が着いてきたような。病気もせず持ちこたえられたのだから自分でもたいしたものだと思う。これからは自由だ。誰に何を気にするでもなく、自由にしたいことをし、言いたいことを言い、思うがままに生きていこうと思う。迷惑をかけずに、感謝の気持ちを忘れずに、愛すべき人たちを愛しながら。

来週は北海道の実家へ。母の白内障の手術の説明を受けにいく。父の面倒を見ることが大変だと愚痴る母だが、まだ大丈夫だと虚勢を張る。限界の時が近づいたようだからいつでも明石に来てね、と言っているのだが、長年暮らした北海道は離れがたいらしい。年をとればとるほど変化が怖くなる。やってみると案外、大丈夫なんだけれどね。それはどうにかなるとしても、高校を卒業してから離れている両親と、365日、顔をつきあわせて暮らしていけるんだろうか。なんだかそのことのほうが不安な今日この頃。
次から次へと、浜辺に波が押し寄せるように、何かしらの気がかりが押し寄せてくるのは、心配性のせいなんだろう。なるようになるさ、と自分を元気づけたりもして。
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by 4433yoshimi | 2015-05-11 15:52 | Comments(0)