ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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イワナになろう

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何年かぶりに訪れた渓仲間の家のチャイムを鳴らすと、かすかに声が聞こえたような気がした。玄関ドアには鍵がかかっていなかった。「おじゃまします」と声をかけ、中に入って居間に向かうと、彼は床に敷いたマットレスの上に横たわっていた。パジャマ姿だった。先月、うちに来て食事をしたり、引っ越しの梱包をしてくれたりした彼が、別人のようにやせ、頬はげっそりとこけて力なく目を見開いている。驚愕の光景だった。どうしてこんなになるまで……。

その日、遠方の渓仲間から電話があり、T君の具合が悪いらしいから様子を見にいってくれないかと連絡があった。昨年、病気らしいとの話を聞き、本人に尋ねてみると「軽いから大丈夫です」との返答だった。私自身、昨年末からの心労で、気にはなってはいたけれど、たいしたことはないと思いたかったのかもしれない。その前週、食事に誘うと、いつもは必ず来ていたのに予定があるから来られないとの返事で、へんだなあとは感じていたのだが。

T君と知り合ったのは、2003年のことである。その年、私が企画編集していた源流釣りの本を見て編集室に訪ねてきた彼を、上信越国境魚野川にお連れしたのが初めての釣行である。それ以来、彼は、もともと釣りはとても上手だったが、渓の生活術や遡行術もみるみる上達し、数年後には私や仲間たちのサポートをしてくれるまでの手練れになっていた。毎年、数々の渓に同行し、助け助けられ、同じ釜の飯を食い、同じ景色を見て感動し、感謝し、シーズンオフでも我が家で渓の話に興じる日々を過ごしてきた。数年前から頼もしい後輩のS君も得て、T君は源流師として脂ののりきった時期を迎えていたと思う。49歳、独身、技術者としても優秀な男だという。その彼が……。

何を話したのか、今となってはあまり覚えていない。30分ほどして、前の週から泊まり込みで面倒を見てくれているという女性が買い物からもどり、おおまかな経過をうかがった。もう2週間も食事ができていないという。彼の後見人である叔父さんの判断で、自宅療養を続けているらしいが、私の目から見て、命の危険を感じるレベルの衰弱ぶりだった。すぐに入院したほうがいいというと、彼女は診察券のある大学病院に連絡し、救急で受け入れてくれるとの了解を得た。駆けつけたS君の車で病院に運ぶと、即入院してくださいとのことだった。

その夜、彼女の頼みで私とS君はT君の家に泊まった。冷蔵庫に残っていた食料を少し食べ、酒をたくさん飲んだ。下戸のT君が仲間のために買いおいてあったどぶろくを、しこたま飲んだ。にもかかわらず、あまり酔わなかったような気がするのは、あまりのことに気が動転していたせいかもしれない。翌日、訪れた叔父さんの車で病院に向かった。点滴のせいか、少し顔色がよくなって、目に生気を取り戻していた。どんなに重い病でも、生還した人はいる。帰り際、「また一緒に釣りに行こうね」というと、Tくんはかすかに微笑んだ。

数日後、病院を訪れた。彼女の話では、生きる気力をなくしているという。私はたったひとつだけ、伝えたいことがあった。
「イワナになったと思って。イワナはどんな状況になっても必死に生きようとしてるよね。T君、イワナになるんだよ」
すると彼は笑った。イワナ釣り師にとって、イワナは獲物でもあるが、心で寄り添う生きものでもある。もしも私がイワナだったら、きっとあの淵でエサを待つだろう。もしも私がイワナだったら、今日は黒い毛バリより緑の毛バリのほうがおいしそうに見える。などということをずーっと、ずーっと考えている。イワナは、激流で岩や砂にこすられてボロボロになっても、必死に生き抜こうとしている。それだけを私は思い出してほしかった。
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生きるってたいへんなことだ。だからこそ尊いのだと思う。
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by 4433yoshimi | 2015-06-17 15:10 | Comments(4)