ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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20年暮らしたピーター君は半年前に失踪したし、10年、いっしょにあちこちの渓に行った辻村君も今月、死んじゃった。私の前から大切な人がひとり、ひとりといなくなってるけれど、新たに遊んでくれる人もひとり、またひとりと増えている。10月半ばには明石に引っ越しをする。きっと新たな出会いがあるだろう。なるべくしてこうなった。そんな気がしている今日この頃。
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ひとりで映画に行くなんて、以前なら考えられないことだった。いつだってどこへだって、私はピーター君と一緒だったから。先の予定を決めるのも、彼の予定とすりあわせて決める、そんな二番手の人生だったと思う。
どうしてそうなっていったのだろうか。はじめは、彼より私が優先だった。渓へ行くようになり、空手を始めるようになり、いつのまにか彼は私の師匠になっていた。だから、私よりも彼のほうがえらい人だと思うようになっていったんだ。彼がどう思うか、彼が何をしたいのか、彼が何を食べたいのか、そんなことを先回りして考えることが習慣になっていた。
けれど、最初から生活費は私が働いて工面していた。車を買ったのも、沼田の家を買ったのも、どこかへ出かけるのも、すべて私が稼いだお金だった。でも、それが当たり前だと思っていた。だって、彼は私の師匠だから。だけど、それがとてもつらくなってきていた。だから、何度もあなたも仕事を見つけてほしいと頼んだけれど、彼はいつも家にいる人だった。そして、とうとう私は「もう、これ以上は頑張れない」と泣いたんだ。そうすると彼は「もう頑張らなくていいよ」と泣きながら言った。そんなこんながあって、彼はいなくなった。今でも本当のことはわからないけれど、私は今、自分の足で自分の人生を歩んでいる気がしている。ありがとう。こんちくしょーだけれど、ありがとうと私は思っている。

それぞれの人生なんてたいしたことがないし、小さなことにこだわったりしてつまらないことで日々が過ぎていっている。でも、時々はきらめくような瞬間があるなあと思うのである。バカなことばかりして生きてたけれど、きらめくような瞬間がいくつも、いくつもあったんだ。

昨日、満員電車に乗っていたら、若者が叫んでいた。「はいはい、わかってますよ、あんたたちに心がないことなんて」と延々と大声で言い続けるその彼は、まるで、助けてと叫んでいるようだった。だけど誰も何もできず、体を密着させながら電車に揺られているばかり。体はこんなにもくっついているのに、心は遙か彼方。みんな、自分で何とかするしかないんだよ、と抱きしめてあげたいけれど、流れる汗をぬぐうこともできないくらいの満員電車の中では、それもかなわないのだった。

今年のお盆は辻村さんが大好きだった沢に散骨に行く。渓はいいよなあ、とピーター君も辻村君もいつもつぶやいていた。私もそう思う。けれど、渓は渓。もうすぐ、明石に行ったら、今とは少し違う景色が見えてくるような気がする。これからは私が一番手の人生を歩んでいきたいと思う。
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by 4433yoshimi | 2015-07-31 13:52 | Comments(6)

東京寂寞

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着々と明石への移住計画進行中。今日は引っ越し屋さんに見積もりに来てもらって即決した。ほかの業者に見積もりを頼んでも、差額は1万円以内だろうと判断したから。
それにしても最近は消費者のツボを突いた作戦で来るものだなあと感心した。営業に来た30代のセールスマンは、新米の女性を引き連れ、バリバリに威勢のいい様子でやってきた。そして、最初の段階から最終見積もりに至るまでの、たたみかけがすごい。まるで芸を見ているようだった。そういう意味では感じがいいし、デキる営業マンだったのだろう。この後、ほかの業者と会って検討して、という時間のロスを考えたら、妥当な線だと思って決めたのだった。

近頃、不動産屋での取引や、銀行でのやり取りが多くなったので、セールスとか、セールストークについて思うことがある。その人となりと経験と、勉強、そして運というものが複雑に絡み合って案件が成立したりしなかったりするものだが、結局は、人柄と運の要素が大きいと思う。信頼できるかどうかは、もちろん所属している会社や階級の要素も大きいが、こちらを見る視線がかなり重要だ。ほとんどがガラス玉の眼のようなのであるが、その中でもいやしさが透けて見えなければ、一生懸命さがかいま見えればまずまずだと思う。
まあ、私みたいな金も地位もない女なんて商売としてのうま味はなんにもないとは思われるのだが、それでも誠実であるということは人と人の基本だろう。
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また、近頃、切実に思うのは、商売人とのお金の話は冷静かつ綿密になれるが、ことプライベートになると、かなり詰めが甘くなってしまうなあということだ。将来に関しての夢とか希望とか安心だとかが、お金の何割かを担保にしてしまう。ついあいまいなままで日々が過ぎてしまい、気づいたらなんてバカだったんだろうと暗澹とするのである。それは男女関係において、女性の場合は私だけではなく、ほぼそうなのではないかなあという気がする。独り身になった女性と話をすると、そうしたもろもろに深く深く同意するのであった。まあ、そのときには気づくのは不可能だろうという気がするのであるが。その点、50代から80近くの現在までひとりで生きてきた明石のおばちゃんは一刀両断に分析して気持ちがいい。
「そんなうまい話があるわけがない!」
と鼻にも引っかけない様子は、本当に胸がすくような割り切り方なのであった。
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東京での生活は、とても楽しかった。
だからきっと明石でも楽しく過ごせると思う。
まあ、ケセラセラでいこうじゃないの。
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by 4433yoshimi | 2015-07-21 18:45 | Comments(0)
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北海道の実家に電話をすると、92歳の父が腸閉塞になりかけで入院したとのこと。数年に1度はお腹が痛くなって入院しているが、母の話では今回は軽いらしく数日間の入院ですみそうだという。
その夜、携帯電話が鳴って受話器を取ると、父の声だった。「もうなんともないから帰りたい」とのこと。どうやら病院から電話してきているようだ。後ろで女性が父に何か諭している様子だ。きっと看護士さんだろう。父があまりにも不穏なので仕方なく電話させている模様。なんとかなだめて電話を切った。すると数分後に看護士さんらしき人から電話があり、少し安定はしたけれど、足が丈夫だからいつ逃げ出さないとも限らないので困っているとのこと。なんとか良くなるまで面倒を見てくださいとお願いしたが、ほとほと困惑している様子だった。
翌朝、心配で父に持たせている携帯に電話をすると、いつもの妄想が始まっていた。殺されそうだとか薬をもられているとか頭がおかしくなりそうだとか、もっとひどいことのetc. 92歳になっても心を安らかにする術を知らないなんて本当にかわいそうだと思う。心のどこかが病んでいる。老いがそれを加速しているのかもしれない。
「ごめんお父さん、私、これから空手の稽古だから、終わったらまた電話するね」と逃げるように電話を切って空手の稽古に出かけた。
稽古後、再び電話をすると、父の声が思いがけず明るい。あらら、どうしたことか。聞くと、点滴だけだったのが、お昼に軽い食事が出たとのこと。ナスの煮たのをどうたらこうたら延々と説明するのを聞いていた。食べられたことがよほどうれしかったらしい。明日、退院できるとのことで、気分が一気に暗から明に激変した様子。朝、自分がどんなことを話したのかも覚えてはいないのだろう。一緒に暮らしている母の気苦労はいかほどか…。
秋に明石に越したら、いつでも父を引き取れる。いいタイミングで引っ越しができてよかった。

ようやくひとりで暮らすことに慣れてきたような気がする。誰に気遣うことなく自由に日々を過ごせることに、喜びすら感じるほどに。孤独と自由、ぬくもりと気遣い、どっちもどっち。どんな状況でも人間は自分を肯定しながら生きていけるものなんだなあと思うこの頃。
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by 4433yoshimi | 2015-07-02 19:22 | Comments(0)