ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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猫の親分参上

ふとベランダを見ると、隣家の塀の上に猫が寝そべっている。どんな子かそうっと覗いてみると、デカイ! ものすごく大きな猫だった。通常の猫の概念を超えている。2階の吐渓を呼ぶと、ガラス戸を開けて猫に声かけた。
「どうした、おい猫」
すると猫はかったるそうに半開きの眼でこちらを向き、何事もなかったかのようにまたうたた寝。どうやら猫も大型になるとちょっとやそっとじゃ動じない腹のすわった猫になるのだろうか。再び吐渓が声をかけると「うるさいなあ」とばかりにこちらに顔を向け、またもやプイと無視して寝始めた。人間だったら相当の強者である。そっとしておいてやろうと戸を閉めた。
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我が家の反対側の道路をはさんだお向かいでは、現在、家の解体中である。10年近く前に建てたばかりだったが、60代のご夫婦が相次いで病に倒れたり、認知症になられたりしてここ5年ほどは住む人がなかった。たまにお嬢さんが家の中に風を通しにいらしていたが、もしかするとどちらかが亡くなったのだろうか。我が家と違って、敷地も建坪も大きく、家の造りも立派でお金がかかっていて中古の住宅として十分に売れそうなものなのに、あっけないというか、もったいないことだ。気になるのは庭木の今後。廃材を運び出すためのスペースや搬送口の木はチェンソーで切られてしまった。毎年、眼福をいただいているハナミズキの木がどうなるのか、私は気が気でないのである。どうか来年も楚々とした白い花を愛でることができますように。

今日は吐渓と久しぶりにジムに行ってきた。ほぼ終了して体組成計なるものがあったので、計測してみた。昔は110kg超えだった吐渓の体重が、91kg代に。驚いたのは基礎代謝量である。現在の身体を維持するための必要最低限のカロリーだそうだが、私は1103カロリーであるのに、吐渓はなんと1976カロリー。私の倍近くも必要なんですか? 運動したりすればさらにカロリーを消費するわけで、いやはや、重かった頃はどんだけ食べていたのかと溜息。現在では私より少し多いくらい、もしくは同じくらいしか食べていないから体重が減ったのも当たり前である。それでもデータとしては肥満。これもひとつの数字のマジックのような気がする。吐渓の「だからもっと食べていいんだよ」的な、どや顔の暗黙の要求は無視したのは当然である。
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もう風は秋の気配。仲間たちのキノコ便りを聞くたびに心穏やかならぬ今日のこの頃。
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# by 4433yoshimi | 2014-09-16 16:42

霊峰月山に遊ぶ

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極楽浄土の光景だ。
2014年8月27日の午前、清川行人小屋から登山道をたどって月山に向かっていた。あと1時間ほどで山頂だろうか。それまでの2日間のきつい行程と、朝からの登りを終え、山頂へなだらかに続く草原を黙々と歩く私と吐渓とT氏。心地よい風が吹き渡っている。鮮やかな緑の草が風にそよそよとなびき、チングルマやハクサンイチゲの可憐な白い花がそちらこちらに群生している。その景色は、浄土と呼ぶにふさわしい癒しと敬虔な気持ちを与えてくれていた。
2005年に有峰林道での事故でなくなった川上健次のお葬式で、遺影の前にしつらえられていた舞台は、まさにこの草原のような光景だった。まるで友が風とともに私たちに寄り添ってくれているような錯覚を覚えた。

今回は、車止めから月山頂上へ、そこから立谷沢に架かる橋までの登山道を下り、橋の近くでタープの下、一夜を過ごし、翌朝、そこから清川と名前が変わる清冽な流れを源頭近くまで釣り上がる。その後、行きとは別の登山道に出て再び月山を経て下山する、という2泊3日の釣行だった。
我々一行を阻んだのは、初日の下りの登山道の劣悪さと、雨がちの天気ゆえの寒さ、それにもかかわらず立ち止まると猛然と襲いかかってくるブヨ、決定打は、2日目、釣行を終えて登山道に建つ清川行人小屋までの霧と藪こぎだった。
一夜明けて釣り上がり、そろそろ渓から登山道を目指そうとするも、ガスさえなければ小屋の赤い屋根が目視できるはずだったが、いくら目をこらしても、稜線には岩か木か建物か、まったく判別できない白いシルエットだけ。
「おい、あそこの三角っぽいの、小屋じゃねえか」
吐渓が指さす方向をしばし目をこらすも、何が何やら……。結局、右岸を上れば登山道だとあたりをつけ、斜面に取っついた。吐渓に、上れそうなところをひたすら登れと指示され、細い灌木を頼りに、急傾斜をよじ登る。今回の遡行は私がトップだ。行くしかない。数メートル登ってようやく立っていられる斜面に出て二人を待った。
「こんなとこ登らせやがって。体重が違うんだよ」
とT氏に続いて上がってきた吐渓が苦悶の表情で喘いでいる。
「息ができねえ。ちょっと休ませて」
と深刻級を繰り返す吐渓。体重はもちろん、荷物の重さも違うので、総重量は私の2倍に近いだろう。たしかにあの細く短い灌木では生きた心地がしなかっただろう。
そこからは苦手なネマガリタケの藪こぎである。いつもなら大きい人の後ろをついていって楽させていただくのだが、行くしかない。幸い、それほど密ではなかったので私の腕でも何とかかき分けることができる。30~40分ほど頑張ってようやく抜け出ることができた。しかし、後に続いているはずのT氏がなかなかやってこない。慣れない藪こぎに苦戦の様子。ようやく3人揃って登山道に出られたことを喜んだ。
さて、次は小屋である。暗くなり始めていたのと濃い霧で、どちらの方向に小屋があるのか見当もつかない。とりあえず登りの道をたどったが、巨大な雪渓が出てきて稜線近くまで来てしまったようだと判断し、引き返した。どれほどの時間下ったろうか。このまま登山道で寒さに震えながら緊急ビバークするしかないのかと心が折れかけた頃、いきなり開けた台地に出た。小屋は想像していたよりも立派で、大きかった。
「やったー!」
全員が喜びにうちふるえたことは言うまでもない。特に、ビバークに備えて3リットルも水を背負ってきた吐渓の喜びようは、好物のスイカを前にした時よりも激しかった。
もちろん疲労困憊のT氏も、破顔。

小屋は本当にありがたかった。雨露をしのぐことができて水も使え、部屋は広々としてストーブまである。ただし、煙突掃除をしていないせいか、薪を燃やすと目が痛くてかなわない。水中眼鏡がほしいと心底、思った。
渓で釣ってしめてきたイワナはバタームニエルに。これがたまらなくおいしい。ご飯も炊き、ベーコン野菜炒めや汁物代わりに即席ラーメンも。小屋での一夜は快適だった。

そして翌朝の下山である。浄土のような草原を、心ゆくまで楽しんだ。その日も雨は降ったり止んだりで、時には集中豪雨もあったりし、なかなかまったりさせてくれない月山だった。さすがの霊山、修行の山である。これで少しは悟りがひらけるかと思いきや、温泉後のビールという煩悩に思いっきり惑わされつつ歩く私なのであった。
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# by 4433yoshimi | 2014-09-02 17:50

住み人、知らず

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もう5年以上になるだろうか。お向かいの家に誰も住む人がいなくなってから。20年以上前にここに越してきた時は、ご夫婦とお嬢さんの3人住まいだった。それから5年ほどしておうちを新築され、10年ほど経った頃、お嬢さんが結婚していなくなってご夫婦だけに。毎朝、ご主人をお迎えに来る黒塗りのハイヤーが見えなくなったのは、それから5年ほど後のことだったろうか。
最初の異変はご主人だった。脳梗塞だったのだろうか、体が不自由になってリハビリの歩行が辛そうだった。次に、奥様の言動がおかしくなった。同じことを何度も語ったり、意味不明だったり。ご夫婦の言い争いもよく耳にしていた。でも、何もできなかったし、手を差し伸べることもなかった。一度だけ「助けてー!」という声が聞こえてお向かいに駆けつけると、ご主人が玄関に倒れて失禁していた。
「妻が、助けてくれないんです」
抱えて起こしたが、もう大丈夫だからと奥に消えた。どうやら奥様は家の中にいたようだった。
そんなことがあって心配していたが、ほどなくして二人の姿は見えなくなった。時折お嬢様がいらして家の掃除をしていた。

先週、お隣の家に数人の男性がやってきて、家の家具から何から一切合切運び出していった。きっと家は売られたのだろう。ご主人か奥様のどちらかが亡くなられたのかもしれない。ほんの目と鼻の先に住んでいて、こんな具合。都会の隣近所はこんなもんなのか。
うちの裏の家の奥様も、10年以上ひとり暮らしをしていたが、言動が変だなあと思い始めてしばらくすると、娘さんが同居するようになった。回覧板を持っていっても、話らしい話をすることもなく、事務的にすませるが、気がかりである。
最初に越してきた頃は、気遣って田舎から到来物があった時などはお持ちしたが、お返しに気を遣われている様子が見えてからやめた。
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人と人のつながりが薄くなったとは思うけれど、実家のある田舎に行ってもどうやら似たような状況のようだ。風のように人がやってきて、また風のように去っていく。そんな舞台を見ているようなご近所づきあい。困った時にはご近所よりも、しかるべき相談所や施設に頼る。顔と顔を見合わせるだけで多くのことを察することができるのに、黙して語らず。そんな時代に生きているのだなあ。

今度、お向かいにくる人はどんな人なんだろう。長い間不在だっただけに、住み人があってこその家だと思う。長く住んでくれる人だといいね、とお向かいの家に心の中で声をかける。
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# by 4433yoshimi | 2014-08-06 13:54
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物事はなかなか自分の思い通りにはいかないもので、失敗をすることも多々ある。反省して前向きになれるといいけれど、けっこう落ち込む。そんな心の修復に2日ばかりかかる。昔はもっとかかっていたような気がするが、年とともに少し忘れやすくなったのかも。
図々しく生きたいと思っても、小心。泰然自若でいたいのに、不安症。
それでも格別、病気にもならないで今日までこれたのだからよしとしよう。

今年は父の頭の老化が進み、母が電話口で愚痴ることが多かった。そんなことが重なって耐えきれなくなり、母に訴えたら、ピタリと愚痴が止んだ。母の気遣いと、背負いこんでいる気苦労がわかりすぎるくらいわかる。でも、愚痴らないでいてくれることが本当にありがたいんだ。私ってあまり強くない子だから。なんて年じゃないんだけどさ、ごめんね、母さん。

今年から来年にかけては変化の年になるだろう。続けてきた仕事に区切りをつけて、本当に自分のやりたいことを見つめ直して、行きたくて行けなかったところにも行ってみよう。
この夏がすぎさえすれば。
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久しぶりに友人がご飯を食べに来た。
2011年3月11日以降、どんなに生活が、意識が変わったかを確認し合う。とても生きづらくなったけれど、立ち位置がより明確にもなった。同じ思いを共有できる人と寄り添いながら、自分で自分の身を守ることの大切さを噛みしめる。ちょっとだけ、大人になったよね、私たち。
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# by 4433yoshimi | 2014-07-25 19:56

食べることのあれこれ

最近、苦手なものは変化。いつもの時間にいつものことをいつものように行うことはとっても上手になったのに、少し違う要素が入るとしどろもどろ状態。これはきっと変化に対応する臨機応変能力が退化しているのだなあと思う。そのせいか、ハプニングが起こることをとても恐れるのである。
政治家の老害が言われて久しいが、きっとそういうことなんだろう。政治こそは世に連れ、人に連れて変化していくべきものなのに、既得権にしがみつく老政治家のせいで滞る。それは年という同素もあるが、人柄に寄るところが大きいのかもしれないが。
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実家の母から肉と魚が送られてきた。お任せするとあれやこれや、いろんなものが送られてきてしまうので、3種類に限定。各大量の到来で、しばらくタンパク質のおかずに困らないなあとうれしい。私から贈ったものは豆腐やおから、大豆で作ったソーセージやパテなどの大豆セット。ちまちましててごめんね。何を贈っていいかわからないとそういうことになるんだよ。

懇意にしている焼き肉屋さんからは、豚の肩ロース2キロパック×2。グリル用に1回分ずつの塊にして冷凍にし、厚切り肉味噌漬けを10枚、端肉で肉味噌を作った。空っぽの冷凍庫に、肉や魚が埋まっていく様は、なんてうれしいんだろう。スーパーまで歩いて15分以上かかるので、食材のストックがあると買い物に出かけなくてすむからありがたい。子どもの頃は冷蔵庫もなかったし、商店街のすぐそばに住んでいたのでその日の食材はその日に調達していた。毎日の母の買い物について行くのがとても楽しかった。本当はストックなしの生活に憧れてはいるのだが。でも、梅酒を漬けたりぬか床の世話をしたり、味噌を仕込んだりもストック作業のうちだとすると、ちょっと悩ましいけれど。
めざせ、冷凍冷蔵庫を使わない保存食。どういう風の吹き回しなのか、このところせっせと野菜を干している。なんだかそういうブームらしい、自分。
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日々の暮らしを大切にしたいと思いつつ、見えている世界が狭すぎるのではないかと不安にもなり、まったくもって自分と折り合いをつけるのはむずかしい。
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# by 4433yoshimi | 2014-07-18 14:50