ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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仕事のない日は、ネットで見つけたライター仕事の内職をしているが、これが単価が安いのなんの。たまーにはまあまあと思えるレベルのものもあるが、やってられないなあ、と思いつつも何もしないよりはいいかと時間制限のないものを選んでポチポチとやっていたりするのである。
ピーター君のいない日々にも少しずつ慣れてきている。どうしてこうなってしまったのかについては考えない日はないけれど、たぶんこれが一番の正解なのだと思うことにしている。ピーター君がそうすることを選んだのだから、そうなんだろうと、ね。どちらにせよ、楽しく過ごすにはどうしたらいいのかが、毎日のテーマ。そんな日々を積み重ねていけば、きっと幸せな日々になる。ピーター君が帰ってこようと帰ってこなかろうと、私の幸せは続くのである。
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今日は麻布十番で弟と嫁に会って昼食を食べた。予定していた店が時間が早すぎて入れなかったので、駅の近くの朝8時からやっているアメリカのダイナーみたいなお店に。弟はおすすめだというハンバーガー、嫁はキッシュセット、私はスパゲティミートソース。弟はベーコンとバンズのおいしさに感動し、嫁はお店で焼いているイチジクパンの作り方をチェックし、私は付け合わせのサラダに付いていたひよこ豆のサラダにニッコリ。ふたりともピーター君がいなくなった私を心配しているようだったが、意外に元気にしているのに安心したのか「いろいろ聞きたいことがあったけど、まあいいか」と弟。「人生って本当にいろいろあるんだなあと思いました」といまだに大阪出身なので関西なまりの嫁。ふたりからは、これまでに感じたことのない優しさと思いやりが伝わってきて、ちょっと心が温まったのだった。

先日、弟が帰省した際に、父が「お姉ちゃんがおれに120歳まで生きるというんだよ」と嘆いていたそうだ。私は長生きしてくださいと励ましているつもりなのに、本人には負担だったらしい。とてもナイーブな92歳。言葉のひとつひとつに神経がピキピキしている人なのだ。うっかりしたことは本人の前ではいえない。むずかしい年代なのかな。心穏やかに生きるのはむずかしい、と父を見ていてよく思う。
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# by 4433yoshimi | 2015-03-09 16:48 | Comments(0)

人生は摩訶不思議

今年の秋か来年のお正月頃をめどに明石に拠点を移す予定だ。
高校を卒業してから上京し、以来、今年で60歳になる私。これまで積み重ねたすべてを整理して引越をするのは、いやはや難儀なことであるなあと実感する日々。
明石のいいところは野菜も魚もおいしくて安くて安全だし、適度な田舎なので人も親切でゆったりとしている。さらに叔母(母の妹)と従姉(母の兄の娘)が住んでいるので、あれこれと面倒を見てくれるのがありがたい。2月に明石のマンションを買った際にも、とてもお世話になった。物件の下見もしてくれたしね。
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明石が好きになったのは魚棚という魚市場の影響が大きい。従姉が折りにつけて魚棚の魚を送ってくれるのだが、これがすこぶるおいしい。311の震災時には、放射能を恐れてピーター君と明石に逃げてきた。ホテルにも泊まったが、数泊、叔母のマンションにもお世話になった。叔母はピーター君のことがとても気に入ったようだった。とてもよくしてくれて、おいしい手料理を満喫したのだった。

叔母は、もともと母と同様、京都の出身なのだが、私が子供の頃、私の北海道の実家に夫とともに居候していた。私が小学校に上がる頃に関西に戻り、以来、食べ物商売をしていたが、40歳代で娘を連れて家を出てから女手ひとつで子供を育て、60歳で仕事を辞めた。それ以来、まったく仕事をせずに預金だけで暮らしている。趣味の社交ダンスは市のサークルだからほとんど無料だし、ガスも電気も必要最低限しか使用していない。冬は私が寒くて困るほど始末しているのである。でも、60歳まで働いて、あとは仕事をしないで生きると決めて、それをまっとうしている叔母はすごいと思う。あやかりたいものである。しかも、楚々とした佳人で、どこでも連れていってくれるアッシー君はいるし、私の従姉もこまめに叔母の面倒を見ている。
「おばちゃん、60歳から仕事しないで生きてきたんやで。まあ、それまで苦労はしたけど」
と緩やかな笑みを浮かべるおばちゃん。
私が買ったマンションは、叔母の家から15分ほどの場所にある。一緒にご飯を食べたり温泉に行ったり、おうどんやおこのみ食べに行ったりするのが本当に楽しみなのである。
年を取っても、優雅にたおやかに、楚々としていきたいものだなあ、おばちゃんみたいに。
人生は摩訶不思議。
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# by 4433yoshimi | 2015-03-02 19:47 | Comments(0)

全力の日々

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寝て起きて食べて仕事して、いろんな手続きやら買い物やら、すべてに全力の日々。心底から力を出さないと何もやる気になれないからです。全力で、力を振りしぼって生きる日々です。
吐渓がいなくなるまでは、多くのことを吐渓がやってくれていました。送り迎えやら宅急便の手配やら、雑事はお任せで、私は家事と自分の仕事とやりたいことだけしてきた20年でした。
だから今、目の前に立ちふさがったもろもろのことに押しつぶされそうな気持ちですが頑張って立ち向かっています。そうか、やればできるんだ、と思うことが多々あります。経費節減のために家計を見直すと、できることが結構ありました。でも、契約のプランを変更すると、そのたびに変更手続きがいくばくかとられます。なんだか理不尽。書類操作だけの問題のはずなのに、知らないところで誰かがこっそりくすねている感がぬぐえません。まあ、携帯電話もしかりですが。
会社は、法人でいるメリットがなくなったので休眠。理事をしていたNPO法人も、311以降はアウトドア活動はおすすめできないのでまったく活動していなかったので清算することにしました。うちから法務局まで歩くと2時間。往復して疲れました。二度目は帰りはバスに乗りました。
それでもちゃんと食べたいものを食べて飲みたいものを飲んでやせもせずに生きていられるのは、周囲の人たちの優しい気持ちのおかげだと感謝しています。
いろんなふうに考えたり思ったりするけれど、信じて待つしかないという結論になります。いつまでか? そんなことはきっと私にも吐渓にもわからないことなのでしょう。
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# by 4433yoshimi | 2015-02-23 17:49 | Comments(0)

沼田の味噌をあけました

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昨日は、渓のウワバミガールズ会員ナンバー1のみゆきちゃんと、そのご主人のつよし君が私を沼田に連れていってくれた。昨年仕込んだ味噌を開けるのが目的。
ふたりに会ってから、もう15年近くなるのかな。さる渓流教室に参加した時に一緒になった。ふたりともそれ以来、吐渓と私ともども仲良くしてくれている。一緒に行った渓も数多い。渓で同じ釜の飯を食べた仲間とは、格別の思いがあるのである。体力、精神のギリギリまで頑張って助け合い、時には命を預けることも。
みゆきちゃんは、吐渓がいなくなったと知ると、「一緒に飲みましょ」とすぐにかけつけてくれた。

味噌は、はっきり言って、北海道の実家で仕込んだもののほうがおいしかった。ちょっと塩分が強い、。同じように作ったつもりだけど、不思議だなあ。仕込んだ2つの樽を開け、保存容器に小分けにした。みゆきちゃんは洗い物を引き受けてくれて、とても私は助かったのだった。みゆきちゃん、ありがとう。
昼頃には作業を終えて、沼田のインターへ向かう途中の焼き肉屋で昼焼き肉宴会をした。つよしくんは吐渓と同じミルキーボーイズで、アイスでつきあってくれたよ。
私とみゆきちゃんは、生ビールからワイン1本空けた。しみじみ、感慨深かった。ありがたかった。
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# by 4433yoshimi | 2015-02-20 17:20 | Comments(0)

空手の稽古は素晴らしい

以前は週に4日ほど通っていた空手の稽古だが、最近は週に一度がやっと。でも、行くたびに「ああ、来てよかったなあ」と心が晴れ晴れする。今日も午前の稽古に参加。午前中の稽古は主婦が多いので、女性同士、気の置けない稽古ができて楽しい。
この時間、指導してくださるのは浅草道場の神尾師範である。今日は、目慣らしの時間は、ずっと師範が相手をしてくださった。師範が数年前にバイクで交通事故に遭ってから、吐渓が週に一度、整体に通っていた。
昨年の12月21日に吐渓がいなくなってから、その整体も途絶えた。見るたびに、師範の体のテーピングが増えている。具合いが悪そうだなあ、吐渓が整体したらきっと少し楽になれるのに、と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今日の稽古の目慣らし(スパーリング)は、ずっと師範が相手をしてくださった。師範と目慣らしをすると、つたない私の動きに合わせてくださるので、とてもやりやすいし楽しいし、自分の全力をぶつけることができる。今日は、とくにその気持ちをありありと感じた。師範の心からの支援の気持ちが伝わって、私は思わず泣きそうになったよ。この道場に通って、本当によかった。突きを出して受けられる、蹴りを出して受けられる、突きを受ける、蹴りを受ける、そのひとつひとつに心がこもっていたのだった。ああ、なんて幸せなんだ、と思った。
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吐渓はまだ帰ってこないけれど、嘘がないことがわかったいくつかのことを発見したので、心は安定している。待つしかないのだ、今は。生きていくのも、なかなか楽ではないなあ。
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# by 4433yoshimi | 2015-02-17 18:37 | Comments(2)