ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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画廊とそば屋、そして湯島聖堂

高円寺の食べ飲み処「眉山停」のママ、ヨーコさんと月曜日の朝、淡路町画廊へ向かうことになっていた。時間きっかり(ヨーコさんてそういう人)にJR高円寺駅で落ち合ってホームに向かうと、中央線の電車は運転見合わせとのこと。それもそのはず、中央線の電車が、上りのホーム先端にお尻を引っかけたような状態で停止している。人身事故とのこと。消防署のサイレンは鳴るしレスキューらしき人たちがわらわらとホームにかけ上ってくるしで、これはラチがあかないとあきらめ、15分ほど歩いて地下鉄に乗り換えた。春が近いというのに、やけに風も空気も冷たいこんな朝に、すぐそばで命の終わりを迎えた人がいるなんて、いたたまれない思いがした。
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淡路町画廊を最初に訪れたのは、確か15年以上も前のこと。当時、三日と空けずに仕事帰りに落ち合って遊んでいたR子さんに連れられ、彼女の知人である画家、Kさんの個展に訪れたのだった。今はR子さんもKさんも鬼籍には入って久しい。どちらもまだ50代だった。
昔の倉を改装した趣のある建物は、3層のフロアーが細くて急な板階段で繋がれている。フロアーごとに違う画家の作品が飾られ、それぞれ趣が異なっているのだが、どの方もリアリズムと対極の、伝えたくても伝えられない感情や心の澱をにじませ、見ているこちらまでもどかしい気持ちにさせられる。
「そうよね、人生って、はっきりさせなくたって、薄ぼんやりとしたままでいるほうがいいことってあるわよね」
とヨーコさんはいたずらっ子のように微笑んだ。

画廊の受付にあったアルバムに、これまで淡路町画廊で行った個展の案内状とスナップ写真が収められているのを発見。私がR子さんと来たのはいつだっただろうか。何冊かのアルバムをたぐって、ようやく見つけた。1993年! まだ存命だったKさんの、ギョロリとした目玉が印象的な写真に当時を懐かしむ。想えば遠くへ来たもんだ、ホイサ。

そこからヨーコさんと神田やぶそばで、名物のかき揚げを肴に燗酒1合ずついただき、せいろうそばで閉めた。この店、実はR子さんと何度か訪れたことがある。彼女はこのかき揚げが大好きだった。そろそろ私、彼女が亡くなった年かもしれない。ずいぶんと無念だったろうと思うと、彼女の晩年、絶交状態だったことが今でも心残りだ。
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酒とそば湯で温まった体をまた寒風にさらし、てくてく歩いて湯島聖堂へ。ちょうど造形を学ぶ学生の作品展が催されていた。本殿の広間のそこここに置かれている木彫や鉄の彫刻のほとんどが人間の裸像だったが、寝そべった象や首を伸ばしたキリン、椅子みたいなカメ、巨大な貝殻など、バラエティ豊か。曖昧な印象の画廊の作品群にはなぜか不安な気持ちにさせられたが、彫刻のリアリズムに心がちょっと“のび”をした。そこからさらに古本屋街まで足を延ばし、古色蒼然たる喫茶店でコーヒーを飲み、ヨーコさんと別れた。

私は夜の空手の稽古のために浅草へ。かなり時間が余っていたので、並木の藪にいってみることにした。藪御三家(もう1件は池之端の藪)のうち、2店連続制覇ってわけだ。
数ヶ月、ヨーコさんと行った新宿とりの市から、ひとりで浅草へとはしごしたのをまるでなぞるように。

雰囲気や肴のかきあげは神田がよかったけれど、そばは並木の藪のほうが好み。汁が辛いので、麺の先端にチョイ浸けして食べるのだが、おかげで汁に浸っていない部分のそばの香りや触感がとてもいい感じ。ああ、満足。浅草道場の近くのマクドナルドでのんびり、稽古の時間を待っている。
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by 4433yoshimi | 2010-03-09 14:46