ご飯・空手・渓の日記


by 4433yoshimi
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おばあちゃんの豆もやし

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北海道から上京して初めて住んだのは、大学のある西武線沿線だった。遊びに行くのはもっぱら池袋。戦後の闇市から続いていたマーケットはすでになかったけれど、ロサ会館がまだあって、周辺には猥雑なムードが漂っていたものだった。
卒業してからは、ほぼ中央線沿線。阿佐ヶ谷から荻窪、中野、高円寺。もう30年以上だよ。高校生の頃、憧れた吉田拓郎が最初の結婚生活をスタートした高円寺のマンションにも住んだ。その頃は老朽化して、住んでいるのは老人ばかりだったけれど。夜な夜な新宿で飲み明かし、着替えだけのために家に戻って仕事へ。よくもそんな体力があったものだ。今思えば、毎日がお祭りのような暮らしだった。バブル華やかし頃の話である。
新宿の酒場に縁がなくなってから、もう何年経つだろう。
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現在、仕事で出掛ける以外は高円寺(自宅&行きつけの飲み食べ屋)と中野(ジム)と浅草(空手道場)を巡る生活。まるで籠の中のハムスターみたいに同じ毎日を繰り返している。こんなに飽きずに続けられるなんて不思議。

中野駅を降り、ジムのある北口の改札を出ると、すぐに中野サンプラザの、空に突き上げているような建物が見える。昔は、それは威風堂々だったのだが、近頃はすっかり「年を取ったよね、お前も」といった風情。その姿を見るたびに、若い頃感じた「うわあ、すごい!」という感動を思い出してちょっとせつない。
f0207325_11194873.jpg吐渓とジムで汗を流した後は、たいていは中華屋でランチを取る。しかし、お正月くらいは、と焼き肉屋に行ってみた。そこで一番おいしかったのは豆もやしのナムル。今や、もやしといえばほとんどが中国産の豆だ。ところがその焼き肉屋のは、北海道産とわざわざ謳っていたので注文してみたのだ。これがこれが! 私がまだ幼かった頃、たまに祖母が、部屋の隅に置いた大きなたらいで大豆を発芽させて豆もやしを作っていた。たらいの上に掛けた布が、数日経つと持ち上がってくる。もやしが布を押し上げるのだ。それはまるで魔法みたいでわくわくしたものだ。そのもやしの味に似ている。もしかすると豆を買って焼き肉屋で発芽させているのかもしれないと思った。シャキシャキとしていて、それでいて黄色い豆はふっくらと柔らかい。久しぶりに亡き祖母を思い出した。
たらふく焼き肉を食べた夜は、ご飯なしでほぼ野菜の夕食に。それだけじゃお腹がすくので、早めに就寝。幸せな正月休みの1日だった。爆睡中で「サスケ」を見られなかったのが心残りだが。
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今日は空手の稽古はじめ。稽古の後、道場で新年会が開かれるので、差し入れに韓国風海苔巻きを作った。米5合で7本。具は牛肉の炒め物、ニンジンのナムル、インゲン、卵焼き、べったら漬け。本来なら韓国の甘酢沢庵を入れるのだが、酸味は足りないけれどべったら漬けで代用。スタートから1時間足らずで完成。しかし、問題はその先だ。具がたっぷり入っているので、切るのがけっこうむずかしいのだ。形の崩れやすい端っこは、もちろん自分用に。それもまた楽しみなのである。

そうそう、実家の北海道北見市で、年末ジャンボで合計6億円の高額当選が出たそうな。今朝、念のために母に電話した。当たってるはずがない、買ってるはずがないと思いつつも、どこか期待している自分が可笑しい。やはり、買ってなかった。でも、あの街のどこかに、狂喜乱舞の数人がいると思うだけで、ニンマリとしてしまうのだった。
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by 4433yoshimi | 2011-01-07 11:22