まいりました、月山沢!
2012年 09月 14日
河原に設営したタープの、一番上流側に寝ていた私の閉じたまぶたの上からでも、タープの切れ目から天を覆い尽くす雷光が見える。音はなく、ただひたすらにピカッと光ってはまたしばらくするとピカッ。その頻度が徐々に縮まり、時折、雷の音まで聞こえるようになった。
通常は雨天の増水を避けるために河原よりも高い位置に野営するのだが、ここは霊峰・月山沢最源流部で、水量がそれほど多くはない。一応、雨が激しくなった時には背面の山肌を上る予定だ。とりあえずは難航が予想される明日の遡行のために体力回復のため、眠らなければならない。
けれど雷光のせいで浅い眠りがすぐに覚醒されてしまう。
「神様仏様…」
こうなったら心を落ち着かせるには神頼みしかない。
「神様仏様マリア様…」
そのうち、雨が降り出してきた。
「神様仏様マリア様川上さん(亡くなった釣友)…」
少し経つと雨が止んだ。
「神様仏様川上さん、おばあちゃん…」
何度も何度も心の中で繰り返すうち、ようやく眠りについたのか、気がつけば明け方だった。
今回の山旅は、長年の釣友、鹿沼在住の中尾彰男さん、それに東京組の辻村努さんと小峰吐渓、そして私の4名だ。毎年のように訪れているゴルジュの渓である割岩沢に入渓の予定だったが、天気予報が芳しくない。割岩沢は雨が降ればすぐに数メートルも増水する雨天厳禁の渓だ。そこで比較的天気の良さそうな山形県の渓に転戦することにした。
予定では月山への登山道を上って立谷沢に下り、その上流部を釣り遊ぶ予定だった。ところが中尾さんが私が持参した地図を眺めて「俺、この月山沢って昔、渓流釣りの雑誌の表紙になってて、一度は行ってみたいと思ってたんだよな。素晴らしい渓相なんだよ」と言うので、で立谷沢を少し下り、支流である月山沢を詰め上がり、登山道に出て、再び月山に登って降りて車止めに戻るという計画となったのだった。2泊3日の行程である。
1日目は、登山道と立谷沢が交差するあたりで野営。それにしても歩きにくい登山道だった。深くえぐれ、石がゴロゴロしていて歩きにくいことこの上ない。帰りはここを歩かなくてすむと思ったらうれしかったが、実はそれよりも過酷な帰路になるとはその時は知るよしもなかった。
月山沢は、巨大な石で構成される異形の渓だった。河原がほとんどないので、野営適地がまったくない。かろうじて4人が横になれる砂地を見つけて2日目の夜をすごした。
最終日、地図を見る限りでは、滝のありそうな場所は2カ所。最初の滝は何とか高巻いたが、それでも高巻き場所を選ぶのに苦労して2時間もかかった。
この辺で私は実はもう、もしかすると詰め上がることができずに引き返すこともありだと思ったが、滝を高巻いてしまったので、もう引き返すことはできない。
「私、行けるかなあ」
「よしみちゃん、行けるかなあじゃないよ、行くんだよ。絶対に帰るんだよ」
中尾さん顔を引き締めてそう言った。
そうだ、帰らなくちゃ。何があっても、どんなに大変でも帰らなくてはならないのだ。
2つ目の滝が予想される地点まで、どうか無事に越えられる場所であってくれと祈るように遡行した。石をよじ登り、急激に高度を上げていく。足の疲労が激しい。そうして数時間後、目前に巨大な岸壁が出現。その最奥部から滝が落ちている。一目で越えられない滝だとわかった。全員、声を失う。登山道は右岸の稜線を越えたところにあるはずだ。岸壁のサイドは広大なガレ場で、それに樹林帯が続く。どちらにしてもかなりの傾斜で、何かを支えにしないと登れそうもない。
途中まではガレ場を登り、そこから密ヤブの登攀となった。足下が不安な私は、常にロープで確保してもらって登る。下を見たら恐怖で凍り付いてしまうので、ひたすら上に向かってロープを握り、木の枝を握って登り続ける。
「うんしょ、うんしょ!」
「ガンバレー!」
「うんしょ、うんしょ!」
まるで子供のように自然に声が出てしまう。泣けるもんなら泣きたいよ。あきらめられるもんならあきらめたい。だけど、帰らなくては。いや、本当につらかった。本当にここを上ったら帰れるのか、確証がないのがつらかった。
2時間ほど登ってようやくちょっとした草原に出て、普通に座ることができた。インスタントラーメンを作って、遅めの昼食。さて、ここからどちらを目指すか。とりあえず登山道を探さなくてはならない。歩き始めて少しヤブこぎをしたら、いきなり登山道が現れた。
「やったー!」
そこから休まず月山を目指す。月山頂上から1時間ほど下ったところにリフトがあるのだが、その最終時間は4時45分。その日、歩き始めたのが6時半頃だったが、すでにリフトに間に合うかどうかギリギリな感じだ。
「リフトに乗って楽したい」
ひたすらその思いで歩き続ける。月山から下山途中、リフト乗り場に行くか、このまま歩いて下山するかの分岐点で、皆は精根尽き果てた様子で間に合いそうもないとあきらめ顔だ。
「行く、あきらめないで行くよ!」
私は意を決して歩き始めた。後日、吐渓が「あの時のよしみさんの顔、怖かった」と言っていたが、事実、何かに憑かれたように私はリフトに間に合うと信じて歩いたのだった。
そして、なんとか5分前に到着。少し遅れて歩いてきた吐渓も2分前。本当にラッキーだった。
「もう二度と来ねーぞ!」
と全員が叫んだことは言うまでもない。
体力を使い果たして、それ以降の数日間は体中がむくんでだるかった。いやはや、疲労困憊ってやつだ。
こんなこともあるけれど、それでもやっぱり渓は素晴らしい。でも、もう月山沢は行かないからね。
by 4433yoshimi
| 2012-09-14 17:02